MAYA MYTH


名のない神々について
 マヤ神話の世界は多神教です。そして彼らの神話には様々なものを司るたくさんの神々が出演します。
 しかしそういった神々以外に、古い記録に形相が記されただけでなんと呼ばれていたのか判明しない神々も多数おりました。
 彼らは現在、便宜的にアルファベットで呼ばれており、A〜P神まで確認されております。
 
 
A神
 彼は、その身体には脊椎骨が現れ、顔は髑髏、そして体中に大きな黒い斑点をつけています。この斑点は血肉腐乱の象徴であり、A神は死を司る神であると思われます。また、下腹部が醜く膨らんだ姿で表されていることもありますが、それもまた死体を標徴したものなのでしょう。そして、この神を示す絵画的記号が「両目を閉じた死人の首」「犠牲を屠る小刀を前にした頭蓋骨」であることから、この神の死を司る率はかなり高いと思われます。
 A神は双子神の神話に登場する冥府の首領フン・カメ、もしくはブクブ・カメと同一人物であろうと考えられます。
 しかし彼は時として頭上に蛇に似た飾りをつけており、蛇は「誕生」の象徴であることから生を司る一面もあったのかもしれません。フン・カメ、ブクブ・カメは生の観念はまったく司っておりませんので、そうするとA神=フン・カメorブクブ・カメ説が少し怪しくなって参ります。
 ルックスが近いので、A神=アー・プチ、あるいはキシン(ユム・キミー)かもしれません。
 
 A神はナファ族におけるミクトラン神と同様の存在だと思われます。しかしミクトランが司る冥府は北方に存在すると思われていましたが、A神の冥府は西方です。
 冥府の位置に関しては二つの考え方があり、
 
 1) 北方は寒冷で陰鬱な地なので冥府は北方にある。
 2) 西方は太陽が没するところであるから冥府も西方にある。
 
の二説のうち、ナファ族は前者、マヤ族は後者を選択したのでした。
 
B神
 古い文献にあらわれるB神は、燃えさかる松明を振り回し、水波の上を歩行し、丸木船を操り、四方を象徴する十字形の樹の上に座り込んだりします。そしてこれらは彼が、水、火、風といった自然界の要素を司る神であるということを表しているといえましょう(クドイいい回し)。
 また彼は、自然神であるほかに人文的英雄でもありました。彼が玉蜀黍を植え、様々な道具を手にし、そして旅立ちをする姿が古い記録にしばしば現れているからです。
 以上から彼の正体はククルカン、もしくはククルカンという神格を形成する以前のナファより輸入されたケツァルコアトルではないかと思われます。
 ククルカンは黄、赤、白、黒の四色と密接な関係を持ちますが、マヤにおいて黄は大気、赤は火、白は水、黒は大地を表します。つまりククルカンは自然の諸要素を司る神であるといえ、B神=ククルカン説はかなり信用できるかと思われます。
 ところでB神は獏のような長い斜めに断ち切ったような鼻をしていますが、その理由は不明です。
 
C神
 C神は天文関連の神、おそらくは極星を司る神であるといわれています。
 北極星の神というとシャマン・エクがおりますが、C神=シャマン・エクかどうかはわかりません。
 トロ・コルテシアヌス Tro-Cortesianus という古写本によると、C神は惑星の符号に取り囲まれたり、後光を帯びたりしています。
 
D神
 D神は老人で、たるんだ頬にしわのよった額をしています。頭には垂飾りをつけていて、その垂飾りは「夜」の表徴のアクバル Akbal と呼ばれる記号を取り囲んでいます。この神を表す絵文字は夜の星を示す多くの斑点と月の期間を示す二〇の数に取り囲まれています。これらからD神はC神に同じく天体関連の、おそらく月を司る神だと思われます。
 また出産を象徴する蝸牛が額に、水を示す蛇型の飾りが頭についています。ナファの月神メツトリが人間の誕生と密接な関係にあることから、出産の象徴を額に抱くD神はメツトリと同様の性質を持っていると考えられるでしょう。また、マヤでは夜露という自然現象から月が露を支配すると考えられていましたので、月神は水とも関係が深いのです。
 D神は普段は男神ですが、十五夜には女性の姿をして現れます。
 
 D神=イツァムナーではないかという説があります。イツァムナーはマヤの天空神で、月の神としての性質も持ち合わせています。しかしイツァムナーはむしろ太陽神の性格が強く、D神=イツァムナーは納得しがたいものがあります。
 
E神
 E神は玉蜀黍の穂を頭飾りにしている姿で表されますので、玉蜀黍以外のものを司っているとは考えにくいでしょう。
 更に深読みして、農業一般全てを司る神であったともいわれます。マヤにとって最も重要な農作物は玉蜀黍ですから、玉蜀黍の神が他の農作物の神々より高い位置に置かれるのは当然のことですし、それが更に進んで全ての農作物を統べるようになったとしても無理はないところです。
 ここは「森の首長」「田畑の主」という意味の名を持つユム・カァシュくんがその正体であるというのが最も自然な解釈でしょう。
 
F神
 F神はA神と様々な点で類似しています。A神はその身体に黒い線を幾条かつけていますが、F神もまた一本の黒い線が額から目の回りに描かれています。この「黒い線」は口を開いた死傷を表し、そのまわりに伴う斑点は血液を表すと考えられています。
 そのほか、両神はその形相がほとんど同一に描かれている、人身御供の場面に並んで現れることが多い、F神が家々に火を放って投槍で破壊するという神話にA神も競演している、といったことから、F神も死、それも「暴力による死」を司る神である、あるいは人身御供と戦争を司る神であろうと考えられています。
 F神はナファの人身御供の神シペ・トクテ(顔に黒い線が描かれている)あるいは軍神ウィツィロポチトリ(青い線が幾条も描かれている)に相当する神となりますが、この二神に相当するマヤの神の名は伝わってはおりませぬ。
 
 なお、中米においては戦争捕虜は人身御供に捧げられるのが普通であり、「戦争」と「犠牲」と「死」は密接な関係を持っています。
 
G神
 G神は蛇のような舌を持ち、手のような鼻鈎を付け、キン Kin と呼ばれる象形文字で表されます。キンはマヤでは太陽の表徴であることから、この神は太陽神だと考えられています。
 中米では2パターンの太陽神が考えられていました。
 
 1) 太陽そのもの=神
 2) 太陽からやってくる人文的霊格である神
 
の二つで、ナファでいうならトナティウが前者、ケツァルコアトルが後者でしょうか。そしてこのG神はトナティウに同く前者で、トナティウと同様に人の血を必要とするのです。
 マヤの太陽神で名が割れているのはキチニ・アハウですが、G神=キチニ・アハウではないようです。
 
H神
 H神は蛇と若干の関係があるらしいと推測されるほかは正体不明です。
 マヤの暦にチッカン Chiccan と呼ばれる日がありますが、チッカンという言葉は「大蛇」を意味します。そしてチッカンの日の記号として蛇の鱗のような形が記されているのですが、H神の額や神殿にも、この記号が付いているのです。
 
I神
 I神は年老いた女で、しわのよった褐色の身体に鳥獣の爪のような形の脚、頭には結節になった醜い蛇を飾り、水の流れ出る土製の壺を抱えています。蛇の飾りものとこの壺等から、I神は水を司る女神、それも破壊力としての水を人格化したもので、洪水や竜巻を司っていたと考えられています。 また、しばしば死の神につきものである交差骨 Cross bones――二個の大腿骨を交差させたもの――を身につけていたりします。
 洪水を引き起こす破壊神にイシュチェルがおりますが、I神=イシュチェルではないようです。
 
J神
 資料なし。欠番?
 
K神
 K神は「飾り立てた鼻を持つ神」として知られていますが、それ以外については様々な説があります。
 
1)B神の別名=自然界の諸要素を司る神=ケツァルコアトル説
 マヤの古い記録の中で、B神がK神の頭を手にしている場面があり、二神は少なくとも密接な関係にあるとはいえます。
2)暴風雨の神説
 この神の、象のように長い尖った鼻が風の神ククルカンに似ている、この鼻の形は暴風の様を表しているのだ、という説です。
 ちなみにククルカンは「ナファから輸入されたケツァルコアトル」ですが、ククルカンになった時点で色々失ったり得たりしているのよ。
3)雨の神説
 上に同じくその鼻の形が、今度は雨の神チャクに似てるから、というのがその理由。また、K神は吉日を示す記号と一緒に描かれていることが多く、この神は恵みを与える側の神だと考えられます。
 
 K神を暴風雨の神とする場合、K神がしばしば星の記号をつけていることをどう解釈するのかが難しくなり、K神=チャクとするにはその動機がやや弱いということで、K神=「ケツァルコアトルに類似する神の一人」というのが本命のようです。
 でも真相を知っているのはマヤ人だけだし、わからんことはわからんままでいいと思う。
 
L神
 L神は老人で、一本の歯もない歯ぐきをしていて、顔の半分――上半部だったり下半部だったり――が真っ黒に塗られています。「黒色の老神」とまんまな呼ばれ方をしていますが、これまたその正体は不明なのです。
 
1)エク・チュア説
 その根拠は、共に「黒い」から。エク・チュアは戦争と商人の神です。
2)ヴォタン説
 根拠は不明。ヴォタンは一種の文化神というべき存在で、ナファの大地神テペヨロトルに相当するようです。
 
 むしろL神はナファのテペヨロトルに類似が多く、L神=テペヨロトル≒ヴォタンというところでしょうか。とするとL神は大地または地下を司る神となり、黒塗りは地下世界の表徴といえるでしょう。
 
M神
 M神のルックスは、顔は真っ黒に塗られているかまたは黒いラインが入っていて、唇は赤褐色、下唇が重く垂れ、目は白い二本の曲線です。
 M神は綱をかけた荷物を頭に載せていますが、その荷物は行商人のに持つに酷似しています。また、多くの記録の中でM神はF神と戦っていますが、F神は旅人に害を加えるものとされていました。そんなところから、M神は旅行者、特に行商人の保護を司る神であると考えられています。M神の姿が真っ黒なのも、強い日差しの中旅をする者たちの日に焼けた様を表しているといえそうです。
 M神はナファのヤカテクトリに相当する神といえますが、マヤの名の割れている神では無理をいえばエク・チュアが近いでしょうか。
 M神は時として蠍の尾をつけた老人、あるいは下顎に一本の歯をはやした老人の姿をしていることがあります。この姿をして商品の傷み易さを表すという説もありますが、それは少し無理のある解釈でしょー。
 また、トロ・コルテシアヌスの写本によると、M神は金星となんらかの関係を持った神らしく、金星と関係があり旅をする神としてナファのケツァルコアトルに結びつける旨もあるようです。
 
N神
 N神は一年の日数三六〇を示す記標のついた頭飾りをつけた老人です。
 そこから暦に関係のある神、一年の終わりの神であるという説があります。マヤの暦は三六〇日+凶日五日=三六五日となっていて、この凶日を司る神ウアヤヤブがN神であるという説です。
 しかし、N神=ウアヤヤブなら、頭飾りには一年三六〇日ではなく凶日五日の記標がついていそうなものです。
 
O神
 O神は老婆で、下顎に一本だけ歯が生えています。
 この女神が描かれた資料は少なく、彼女も正体不明です。しかし、ときとして糸を紡ぐ姿が表現されていることから、家庭の仕事を司るもの、家庭内の女性の守護神ではないか、と推定されています。
 
P神
 P神は蛙の身体と脚を持ち、青色の背景の上に現れています。青色は水を示し、この神が水に深い関係を持つものであることはあきらかですが、それ以外については以下の説に分かれています。
 
1)「蛙の神」説
 中米では神が蛙の姿で現れるのはポピュラーなのだそうです。この説によるとP神はククルカンと同一視されるもので、雨を司っているのだとか。
2)農業神説
 中米における蛙の神は、農耕に深い関係を持っています。
 また、P神はときに種子を播き畑の溝をこしらえる姿に表されている、一年三六〇日を示す記標のついた頭飾りをつけているが、これは農業に大切な「季節」を表していると考えられる、などからP神が農耕に深い関わりを持つものと考えられるのです。
 
 雨の神はチャクではー? という軽いツッコミはおいといて、後者の説の方が有力なのではないかと。しかし、今のところ農業神で名の割れているものはいないので、P神の名前は推定すらできませぬ。
 
 
神名辞典maya