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「BANDITS#1 仙人掌の花」


 ”バンディッツ”よ
 ”悪党”って意味
 
   「バンディッツ」(1997/ドイツ)

 
 
 
−1−
 
 雑然とした喧噪で起こされた。
 気分は最悪。昨夜の酒がまだ少し残った頭で考える。朝っぱらから何の騒ぎだ、と。
 下品で耳障りな笑い声はドナールだ。そして、それを叱責する調子の低い声は。珍しいな。親父が怒ってやがる。
 のろのろと頭を起こすと、木製の天板と、転がるグラスが目に入った。グラスの中身が天板に染みて、不格好な模様を描いている。ずきずき痛むこめかみを揉みながら顔を上げると、次に飛び込んでくるのは見覚えある漆喰の壁。
 ――つまり、どうやらここは食堂で、俺はテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。愉快な姿勢のおかげでへんに強ばった身体が痛む。
 立ち上がって、大きく身体を伸ばしてみた。ぎしぎしと嫌な音がするのは、恐らく気のせい。
 しかし、窓から見える太陽がやけに低く赤いのはどうやら現実のようだった。あれはどう見ても朝日じゃない。第一方角が逆。薄くたなびく雲が日に染まる。いい夕焼けだ。
 
 ……あー、つまり、なんだ。昨夜の酒宴がいつ終わっていつ寝たのかは知らないが、それからこっち夕方まで誰にも起こされることなく俺達は食堂で寝倒していたってわけだな。
 
 足下を見下ろすと、手入れが大変とかほざいていた長い黒髪を石造りの床に広げ酒瓶を抱きしめたアアイが寝ていた。軽く蹴飛ばしてみるも、唸り声をあげるだけで起きる気配はない。口の端から垂れた涎で、美人も台無し。
 壁際には座り込んだクリューゲがいた。こっちは流石に起きているようだが、まだ酔いが醒めないのか覚醒しきっていないのか、目の焦点が合っていない。半端に伸びた赤毛をしきりに掻き上げている。
 後もう一人いたはずだが。勘定が合わず辺りを見回すと、戸口からこっちをおっとり覗き込んでいる不審人物と目が合った。
 にんまり。
 俺は多分、そんな形容の笑みを浮かべたのだと思う。
 弾かれたようにびくつき、そうして恐る恐る。そんな風情で、そいつは中に入ってきた。目眩がするほど周囲から浮いた神職の装束。白い僧衣に身を包んだ優男。
 おどおどと、こちらの機嫌を窺っているのがありありわかる態度で、そいつは口を開いた。
「お、おはようございます、リーフさん」
「もう夜だろ」
「で、ですが、起きたときはやはりおはようかと」
「いいや、挨拶というものは状況よりも時候や時間を重んじるべきだと俺は思うな」
「けど、夜の仕事をされる方々は、慣例的におはようと挨拶をなされますよ」
「夜の仕事ね。流石詳しいな、セマ」
「はあ、それ程でも……え? い、いやっ、別に詳しいわけではっ」
 僧侶のセマは、面白いように狼狽えた。なにを勝手に誤解してるんだか。
「ところでお前、いつの間に逃げたんだ?」
 適当なところで、そういった。
 ぎくり。そんな音が聞こえそうなほどにセマは強ばる。
 昨夜――もう丸一日前になってしまうんだが、酒盛りが始まったとき、確かにこいつもいた。ランドックとアアイに挟まれて、一杯飲まされた後ぶっ倒れていたのは記憶に新しい。程々にしておけよ、そんな忠告を残してランドックが退出したのまでは覚えているんだが。一体こいつは、いつの間に消えたのか。
「いや、逃げ出したわけでは、その」
 おろおろと、セマはいいわけを探している。
「まったく、冷たいヤツだよな。せっかく親睦を深めようって秘蔵の酒を出したってのに」
 追い打ちをかけてみた。
「早々に退席しちまうし」
「そ、そ、それは」
「あげく俺達は今の今まで放りっぱなしか。友達がいのないやつだねー」
「あ、あうう」
「そのくらいにしておけ、リーフ」
 いつの間に現れたのか、ランドックが呆れたように、こっちをやんわり睨んでいた。
「ら、ランドックさん」
 セマが心底ほっとしたように息を付く。
 俺は肩を竦め、了解、の意を込めて両手を挙げた。
 
 なんのことはない。
 退出した後様子を見に来て、潰れっぱなしだったセマを酒宴の席から退出させてやったのも、そうして俺達を放っておけと指示したのも、恐らくこの初老の男だろう。ランドックは愛想はないが、面倒見は結構よく。そして、厳しい。
 つまりセマは俺に責められるいわれはないのだ。
 それでもついからかってしまうのは、反応が面白いからだ。
 善良で誠実おまけに気弱ってのは、ここにあっては希有な存在だ。まあ、そんな人間ばかりだったらそもそも成り立たないのが「ここ」なのだが。
 ともかく、そんな希有な奴の反応ってのはいちいち新鮮で、俺達には格好の玩具だ。本人はそんな理由で構われていることに気付いていないのだろうが。真正直な人間てのは、大抵鈍い。
 
 
 
 グランベルとイザークを分けるイード砂漠。その一帯を広範囲に縄張りにする盗賊団、それが俺達であり、砂漠南に位置しかつてはイザーク方面を警戒する役にあったであろう廃砦サーヴ、それが現在の俺達の根城だ。
 といっても、盗賊団の首領はドナールという壮年の男で、俺やそこらに転がっている面々はただの下っ端なんだがな。
 俺の親父が盗賊団の次席にあり、その一派と目されていることもあってかなり好き勝手出来るが、突出してバカに目を付けられるのも面倒なので割と慎ましく遊んでいる。
 ランドックのおっさんは親父の腹心で、アアイやクリューゲも似たようなもの。一人浮いている僧侶のセマは、旅の途中拿捕されただけで実のところ盗賊団の一員ではない。間抜けさ加減から逃げ出す機会を失い、寄る辺なく親父の保護下にあるというのが正しい表現だろう。
 
 で、その場違いなセマは。苛められるとわかっているだろうに、なにを好きこのんでこんなタイミングに顔を出すのだか。
「いえ、いい加減起きるか、寝たままにしても場所を変えないと身体を壊してしまうと思いまして」
 起こしに来たんですよ、セマはへらっと笑う。
 バカだ、こいつは。間の抜けた笑顔に思う。娑婆に戻れたって、こいつは絶対出世出来ないだろう。このまま盗賊団付きで杖振ってる方が、本人にとっては幸せなのかも知れない。
 つっこむと疲れそうなので、話題を変えた。
「さっき随分騒がしかったが、なにかあったのか? 親父の怒鳴り声がここまで聞こえたぜ」
 すると、セマは顔を顰める。
 ランドックも不機嫌そうに鼻を鳴らした。
 
「――そのう。フリージの王女を、誘拐したんだそうですよ」
 
 おずおず漏らすセマの言葉に、俺はぽかんと口を開けた。
 
 
 
−2−
  
 陰気な女だな、というのが第一印象だった。
 そうして、こんなところに一人で閉じこめられて明く振る舞ってるほうが気がふれてるかただのバカだぜ、と考え直す。
 
 フリージの王女を見物したい、というと、ろくでもねぇことには耳が早ぇな、そういって親父は顔を顰めた。
 俺はこういうやり方は好かん、と舌打ちし、砦の半地下に奥まった一部屋を示す。
 親父のいいたいことは、まあ、よくわかる。
 盗賊団にいてこんなことをいうのはただの偽善だが、親父は無闇な荒事と波風を嫌っていた。
 羽振りのよさげな商隊から通行料を徴収したり、戦場の落とし物を回収したり、廃砦や廃城を漁ったり。そんな穏便なやり方で稼げばいい。下手な荒稼ぎは面倒を呼ぶ。目立って名が売れて、得るものは官憲の注視と、同業者の敵愾心だ。実入りは全くない。と、親父が危惧するのは、そんな辺り。
 それで、ぱーっと稼ぎぱーっと使う刹那主義のドナールとは相容れず、最近よくいい争っている姿を見る。
 親父は、慎重だ。臆病で心配性と揶揄されるが、思慮深くやや悲観に流れるということだ。だから親父は、ドナールのやり方が危なっかしくて仕方がないんだろう。ドナールはドナールで、親父のやり方はまどろっこしいのだろうが。
 そんな二人が盗賊団の首領と次席でよくまとまってるなと不思議になるが、補い合う間柄だからこそ今まで保ったのかもしれない。けど、二人とも年を取った。以前はそれでも、互いの意見を聞く耳を持ち、歩み寄る姿勢があった。俺がガキの頃、二人はいい友人だったのだ。
 しかし、最近は。
 瓦解寸前の危うい場所に、二人はいるのかも知れない。
 二人が決裂した場合、俺は親父と一蓮托生だ。――少しマジで、その辺りは考えておいた方がいいのかも知れない。
 
 フリージ王女を誘拐。
 随分な波風だ。
 上手くすれば莫大な身代金を得られるが、下手すりゃ相手はフリージの正規軍、危ない橋どころか綱渡だ。
 親父が怒るのも無理はなかった。しかも、事前になんの相談もなく、いきなり今日、誘拐したと聞かされた日には。
 親父とドナールは肩書きこそ首領次席を名乗っているが、発言力はほぼ対等だった。長く二人三脚状態にあって、だからドナールがことを起こすのに親父に一言もないってのはありえない話だった。
 しかし今、ドナールは一歩前進し、親父の顔色になど構うことはない。それはドナールが望んだことであり、親父もまた容認した。――容認したのだが、事実の前には時折吹っ飛ぶのだろう。
 そうして始まるのは、陰険な応酬だ。親父が説教をかまし、ドナールが煩げに払う。焦臭いことこの上ない。
 更に。最近やけに、ティウツの野郎――砦では新参者ながら、ドナールに取り入り第三席の地位にある。まあ、自称、だが――が、二人の争いを煽る。
 ドナールが誘拐なんて大事を勝手に起こしたのは、おおかた親父に慎重論を吐かれるのが鬱陶しかったからだろう。
 けれど。ひょっとして。
 長い付き合いの親父を、その影響力を、それが目に見えて現れるのを、ドナールは恐れたのだろうか。疑心暗鬼に駆られて。ティウツのあからさま讒言に綺麗に乗っかって。ドナールより親父を、皆支持するかもしれない。二人争って、そしてそんな現実を見せつけられたら。
 なんてな。
 そんな現実など、あるわけがない。ドナールは単純で軽率だが、豪快で面倒見がいいので慕われている。それは、思慮深く尊敬される親父の慕われ方とは方向性が違い、比較できるものではないのだ。
 第一、親父は自分がトップに立つ器ではないことを知っていて、変な野心など持ちようがない。
 
 陰鬱な思考にはまりながら、俺は俯く少女をぼんやりと見いた。
 固く閉ざされた扉に空いた、格子のはまった覗き窓ごし。薄暗い部屋の中、素っ気ない寝台に座る少女。
 二本に分け綺麗に編んだ藤色の髪。仕立ての良さそうな衣装。ひらひらした薄衣はおそらく絹だ。村の女達の着る、ざらりとした目の粗い生地などではなく。髪に編み込まれた紅のリボンひとつとっても、光沢ある物で高価なことは一目でわかる。
 裕福な環境で、贅沢に育った娘。なにしろ王女さま、か。

 と。
 ふいに、彼女が顔を上げ。
 
 俺は、衝撃を受けた。
 
 ――虚ろな、目。
 
 
 

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20021120/20030909改

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