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「BANDITS#1 仙人掌の花」


−11−
 
 俺が生まれる数年前から、世界は焦臭かった。
 至る所でなにかが起こり、至る所で人が死んだ。
 そして事件は起こる。
 公式にはこうだ。グランベル皇帝の命を狙う反逆者がヴェルダンからシレジアへ逃亡を重ねた挙げ句グランベル本国へ侵攻、グランベル側は和平の名目で彼らをおびき寄せ、バーハラにて一網打尽にした、と。
 しかし、民衆に流布した物語は、喧伝されたそれとは全く逆の趣となる。ただただ善良であったが為に、奸計に落ちた悲劇の英雄達と。
 大体世の常として、厳しい施政者は愛されない。圧制を敷き、人々を威圧して唯々諾々と従うことのみを許す。そんな支配者は、往々にして恨まれ厭われ、憎まれる。
 中央から隔絶された僻地のここにいてさえ伝わってくる施政者連中の悪辣さを信じるならば、かの話はそんな自明の理から成り立ったといえる。つまり、「悲劇の主人公」贔屓も相当に過ぎているのだろうな、と。
 
 まあ、以上は、昔俺に読み書きを教えてくれた爺さんの受け売りだ。
 あの頃既によいよいで今はもうくたばっちまっているだろう爺さんは、思えば妙に学があった。読み書きと、おまけに魔術について教えに来ていただけだったはずが、一介の盗賊が知るには過ぎた蘊蓄をしょっちゅう俺に話し――兵法や政治や歴史や、知ってて損はないのだろうが、役立つ機会など永久に訪れまいに――二言目には考えろ、三言目には想像しろといった。
 かわいげがなくなっていけねぇや、ドナールはそういって顔を顰めたが、学があって困るこたぁねえさ、と親父は歓迎した。力ずくで全てが収まるわけじゃない、頭を使え、それは親父の口癖のようなものだった。
 おかげで俺はかわいげのない生意気なガキになり、魔導書も読めるし杖も使えると器用貧乏に成長した。まあ、手数が多いにこしたことはない、喜ぶべきなのだろう。
 
 読み書きを覚え終えた頃、親父にあの本を渡された。
 感傷的な仕立てが俺にはかなり苦痛だっし、なぜだか妙に腹が立った。寄越した親父には、ああうん、などと言葉を濁したが、爺さんには忌憚なき感想をぶちまけた。
 綺麗事に焦点が合い悲運の一言で済まされていたが、あれは主人公が馬鹿なだけだろう。主力を飛竜とする国と事を構えている情勢下、その行動は軽はずみにも程がある。敵役が卑怯なんじゃない、やられる方が間抜けなのだ。
 腹立つままに言葉を吐き散らす俺に、爺さんがいった台詞は不思議だった。
――ならば、お前は同じ轍を踏むなよ。
 
 
 
 イードで散った悲劇の主が助けようとした親友、それはバーハラで一網打尽にあった件の主人公だそうだ。
 わたしの両親は、その件の主人公に従う者たちなんです。
 そういって笑ったティニーは、辛そうであり、しかし、嬉しそうでもあった。
 
 
 
−12−
 
 皆出払っていて、静かな一日だった。
 ドナール、親父、ランドックの親爺トリオはダーナへ。最近渋りがちな故買屋へ、ちょっと茶を飲みに行くのだそうだ。やれやれ気が重いぜ、とぼやきながら。
 ティウツは先日イザークへ行って、まだ戻って来ない。
 アアイ達は今朝起きたときにはすでにもぬけの殻だった。一緒か別行動かはわからないが、揃って消えるのは珍しい。一人一人が別個に消えるのはしょっちゅうなのだが。――そんな状況にあってよくセマは逃げ出さないよな、と少し思ったり。まあ、そんな気概があるなら、そもそも唯々諾々と捕らわれてなど来ないか。
 名前も良く覚えていない下っ端や、名前しか知らない下っ端や、名前以外も知っているが余り親しくはない下っ端や、そんな者達はちらほらいるようだが。それぞれがそれぞれの用事をそれぞれの場所でこなしていることだろう。
 取り敢えず。サーヴ砦の裏手、砦の建つ岩山に遮られ砂風が届かないため土色より緑の濃い荒野は、現在のところ俺達以外は無人だった。
 
 
 
 砦より少し、南に下ると海に出る。海岸線は切り立った崖で、普段降りることはない。
 崖下には所々小さな砂浜があって、そこへ降りるために崖に拵えられた階段、といっても、足や手をかけるための窪みを掘っただけという空恐ろしい代物だが、そんなものは確かに存在する。昔この辺りに住んでいた漁師が、使用していたものだという。少し朽ちて危険なそれを、利用する者は今はいない。
 
「ぎにゃ」
 見てくれに似合わず可愛らしい声をあげ、巨体を左右に揺らしてダナエがてこてこ歩いている。
 俺とティニーが、その後ろに連なっていた。
 まるで水鳥の親子だ。
「ダナエさんは、飛ばないんですか」
「飛ぶよ。余り速くないし、高くないし、高台か開けた場所でないと飛び立てないけど」
 他愛ないティニーの疑問に。いつになく饒舌に、俺は答える。
 
 飛竜の飛行は、主に滑空だ。
 ここからマンスター方面へ向かうとき、陸路ではかなり大外回りだが海路からレンスターに上陸すると大幅な短縮になる。それを検討したことがあって、崖の状況をだいぶ調査した。
 崖下に容易に降りられる方法があれば。ひょいと、飛び降りるくらいに。
 仕舞いにそんな結論に達したとき。
 俺は、そして皆も、ダナエを思い浮かべた。ダナエが俺達を砂浜に運んでくれればいい。ひゅーっと、空を駆って。なんて簡単なこと。
 しかし次の瞬間。全員一丸となって、却下した。
 俺達の頭に思い浮かんだダナエは、空を飛んでいた。流れるように、滑るように。
 そう、滑空。
 ダナエは砦の岩山から、飛び降りて風に乗る。あるいは、荒野をはたはたと駆けて、流れる空気に羽を乗せる。
 多少は、翼を羽ばたかせ滞空することも出来るようだ。けれど、飛び立つその瞬間、羽ばたきにはなんの意味もなく。強い脚での跳躍も、風に乗るには弱すぎる。
 崖下の砂浜は。駆けるにはどう見ても心許なかった。
 砂浜の先には大海原が広がっているわけだが。ダナエが水鳥のように海面を駆ける姿はどうも想像しにくい。そして、可能かどうか試すには、リスクが大き過ぎる。
 万が一失敗したら。
 ダナエを崖下に置き去りという選択は存在しない。すると、選択肢は二つ。
 ダナエに綱を結びつけ引っ張り上げるか、担いで崖を登るか。
 滑稽だ。というか無理だ。自分の身ですら危ういというのに、ダナエを、この巨大な竜を崖上まで持ち上げるなど、出来るわけはない。
 そして思い出す。俺達が検討していたのは、航路の有効利用についてではなく、「近道」についてであったことを。空路を行けばいいじゃないか。なにしろダナエは、目視できる程度の対岸なら一飛びのトラキア飛竜なのだ。
 
 ダナエがよちよち歩く姿を見て思い出した、今となっては笑い話のそれを、歩きながらつらつら話した。
「海ですか」
 ティニーが興味深そうに口元を綻ばせる。
 といっても俺達は、海に向かっているわけではない。海までは、少し南といっても徒歩ならば結構な距離で、それが目的地というのはなかなか過酷な散歩だろう。
 陽気がよく暇だったので。近場を見聞がてら、俺達は散歩をしているのだ。あてどなく、ダナエの向くままに。
 先導を取るダナエは、俺達の話に自分の名前が出るたび、ぴくりと尻尾を上げる。悪口いったら尻尾で吹っ飛ばすぞ。そんな意志表明らしい。まあ、それを通訳したのはアアイで、しかもセマをからかうという状況だったので、かなり眉唾なのだが。
「それでは、ダナエさんに乗ってレンスターに渡ってるんですか」
「いや。いざ乗ろうという段になって、皆馬にすら乗れないことに気付いてな」
 正規軍の軍馬と違って、盗賊風情の常用する馬は割合小型だ。鞍の位置が俺の目線を越えることはない。それでさえ、慣れないうちはかなりの恐怖だ。それが更に大きい竜で、しかも空を飛ぶのだ。落馬ならぬ落竜したときの恐怖と被害は、馬のそれとは比較にならない。びびって逃げ出しても、無理はないだろう。
「結局、余程の急ぎでない限り陸路をとってるよ」
 そして、余程の急ぎというのは、まあ滅多にない。
「じゃあダナエさんに乗る方はいないんですか」
 なぜか、がっかり、といわんばかりの口調のティニー。
「いや、俺と、アアイとクリューゲは乗ってる。あと、身軽な連中が遊んでるのを見たことがあるな」
 俺は物心ついた頃には身近にダナエがいたので、今更恐怖心もなにもない。
 クリューゲは元々騎士でそれこそ軍馬に乗っていた身だし、アアイは曰く、イザークでは靴を履くより先に馬に乗るのよ、とのこと。オムツも取れない女の子が裸馬に乗って駆け回る土地柄竜如き怖がってどうするよ、と豪語する剣士と槍騎士コンビが、緊急時の竜乗要員ということになっている。
 成る程、と頷くティニー。
 それがダナエに目を向け、少し首を傾げ、それから俺を見上げた。
 
 あ、ちょっと嫌な予感。
 
「あの、リーフさん」
 立ち止まって俺を見据え、ティニーはいった。
 
「わたしにも乗れるでしょうか、ダナエさんに」
 
 遠慮がちな口調で、おずおずと。
 ――けれど、なんとなく気圧されて。こっくり頷いてしまった俺も、大概暇でお人好しだ。
 
 
 
−13−
 
 結局過酷な散歩を敢行する羽目になった俺は、俺より明らかに劣る体力を気力で克服したのかそれともどこかが壊れたのか、異様に元気且つ笑顔のティニーと、こちらは久しぶりにのびのび運動できてご機嫌のダナエに引きずられ、擦り傷切り傷生傷を大量に拵えて砦に帰った。
 かすれた雲くらいしかない晴れた空が、沈みかけた日に赤く染まっている。気温はそれ程上がらず涼しい風もそよいだが、アツい一日だった。いろいろと。
「ダナエさん、今日はありがとうございました」
 ティニーが深々頭を下げる。
 ほんとうに、面白い女だこと。
「ぎゃお、うるる、にゃぎゃ」
 それに応え、ダナエは歌う様に一吼えする。
 鼻歌の一つも聞こえそうな様子で馬屋へ帰っていく巨体を見送った後、俺は、はふ、と溜め息を一つ吐いた。
 どうかしましたか、とティニーが俺を見上げる。頬に、擦り傷が赤々と。
 痛くないのだろうか。
「……お前さ、」
 いいかけて、止めた。
 そろそろセマは帰っている頃だろう。ごちゃごちゃいうより先に、探して治療してもらった方がいい。――俺はともかく、ティニーは。なまじ白く滑らかな肌なので。見ていられないのだ。痛々しい、擦り傷を。
 藤色の後頭部にぽんと手を当てる。
「セマんトコに行こうぜ。茶でも入れてもらって、一服しよう」
 はい、とティニーは頷いた。
 
 
 
「わ、わ、わ、リーフさんがついていながら女の子に顔を傷の」
「うるさい落ち着けとっとと治療しろ」
 出迎えざまいきなり慌てふためいたバカを無理矢理私室に押し込み、杖を拾い手に握らせついでに一発殴る。
 小綺麗に片付いたセマの部屋は、元は砦に在住したと思われる者――恐らく婦人の寝室に付属した広めの衣装庫で、倉庫と化した元寝室を経由する愉快な造りなのだが、そこを訪ねるとセマはすでに在室し、のんびり書き物などしていた。
 それが、俺を、というかティニーの顔を見るや前述だ。
「あの、わたし、大丈夫ですから」
 当の本人が過剰に恐縮すると、俺にはまだ文句をいい足りなさそうな表情を向けたものの、ティニーに椅子を勧めその前に立って、杖を掲げる。
 
「癒しの光を」
 
 呪文。力を解放するための「合言葉」。
 魔導書や杖は、魔法を使うための媒介であり施術士が己に付けた枷だという。媒介なくして魔力を振るう者は、始終魔力を放出させ衰弱したり、力を暴走させ破壊活動に至ったり、となかなか大変な目に遭う。媒介なくして魔力を操れる者も稀にいるらしいのだが、それは余程の天才か、或いは化け物だ。
 どちらでもない普通の術士のセマは、癒しの杖の合言葉にごく平凡な文句を設定していた。いかにもセマらしい。ちなみに「合言葉」には特に制限はなく、施術士本人が自分の好みで、媒介と己に条件付ける。まあ大抵はセマのように、わかりやすくそれらしい呪文を設定するものだが、「麦麦踏み踏み」など珍妙な言葉を設定するのを好む愉快な先輩がいた、などいつかセマは話していた。その先輩にはぜひ会ってみたい気がする。
 
 ほんのり光に包まれ、ティニーの頬から傷が消える。
 ほう、と息を吐いたのは誰だったのか。
「ありがとうございます、セマさん」
 ティニーは深々頭を下げた。いちいち律儀な女だ。ほんとうに、面白い。
 
「それで、リーフさん」
 ティニーの感謝の意には「大したことじゃないですよ」などとにやけていたくせに、俺に向き直ったその顔は珍しくも顰め面だった。
「一体なにやってたんですか。顔だけじゃなくて、あちこち傷だらけで、ってリーフさんも傷だらけじゃないですかホントにもー」
 たまにこいつには嘗められてる気がするのは、果たして気のせいなのかな。
「散歩」
 別に隠すことではないが、なんとなく性分ではぐらかした。
 当たり前だが、セマは納得しない。
「どんな散歩するとそんな怪我するっていうんです」
「ダナエさんに乗せてもらったんです」
 ティニーがあっさりばらした。まあ、「ばらした」という自覚は皆無なのだろうが。なぜだか、嬉しそうに笑っている。
 肩を竦めセマに目を戻すと。セマは、ぽかん、と口を開けていた。
「それで、ちょっと歩いて頂きました」
 セマの様子に気を留めることなく、ティニーは続ける。
「ただ、鞍も轡も手綱もなかったので、ちょっと滑ってしまって」
 乗竜なんて全く想定していなかったし、取りに戻るには大儀な距離にいた。それで、まあ、裸馬ならぬ裸竜に乗ったのだ。流石に鞍なしで走る飛ぶをこなす自信はなかったので、ゆっくり歩くようダナエに頼んだのだが。
「ゆっくり歩いても、随分揺れるんですよね。それでずるずるーっと落ちそうになって。リーフさんが掴んでくれなかったらちょっと危なかったです」
 とっさに掴んだはいいものの俺も一緒に落ちそうになった、なんてのはいわなくていいことだ。
 ただ、そのときティニーは頬を擦りつけてしまった。ダナエの鱗に。
「な、な、な」
 やっとセマが我に返り、口を開く。
「な?」
「なに呑気なこといってるんですかー!」
 珍しく、セマが爆発した。
 
 
 
 ずぞ、とお茶を啜りながら。俺はセマの説教を聞き流していた。
 たまの「聞いてるんですかリーフさん!」の確認には適当に相槌を打って。
 別にこいつに説教される謂われはないし、腕力に訴えればたちまち黙らせることは出来る。けれど実のところ。余程虫の居所が悪くない限り、けんけんいわれるのは俺は嫌いではない。鬱陶しいと思う気持ちと同量の、嬉しいと思う気持ちがある。結局俺はまだガキで、甘えたなのだ。認めてしまうと情けなく気恥ずかしいのだが。
 セマの説教はまだ続いている。さすが坊主、説法でならすだけのことはある。そういや神学校には弁術や発声術という科目があるとの怪情報を聞いたことがあったが。成る程真実かもしれない。セマが神学校出身かどうかは知らないが。
 ティニーは、神妙な顔をしてセマの話を聞いていた。概ね前後運動の首振り人形だが、時折小首を傾け反論を挟んだりしている。おずおずと。相手を伺いながら。
 ――伺いながら?
 引っかかった。
 セマは反論されると、その主張を最後まで聞き、そして穏やかに諭す。或いは、そういう意見もあるんですねと、あっさり主張を引っ込める。
 そのたびティニーの目に浮かぶのは、安堵の色だ。
  
 ひどく、不快感を覚えた。
 ティニーは怯えている。自覚なく。――一体、なにに。
 
 と。
 ドアノブが、くるりと回るのが目の端に入った。
 ノックの一つもなく、かちゃりと開かれる。
「やっぱりここにいたのねー。ティウツがねえ、性懲りもなく儲け話持ってきたんだよ。茶々入れに行かない?」
 今帰ってきたばかりなのだろう、外出用の上着を半脱ぎにしたアアイが、部屋に入って来ざま、そんなことをいった。
 
 
 

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