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「BANDITS#1 仙人掌の花」


−14−
 
 イザークとダーナの間には不毛の荒野が横たわる。
 イードの砂漠、あるいは魔の砂漠とも呼ばれるそれは、日中は灼熱に、夜は極寒に晒される過酷な大地だ。
 しかしそれでも、人は街道を造り、砂漠を渡る。所々にある小さなオアシスを繋ぐそれはとてもか細い糸だが、人を潤し益を生む黄金の糸でもある。
  特殊な環境にあっては特殊な生業が成立するわけで、それはイード砂漠でも例外ではない。
 街道の案内人。
 イード砂漠では、そんな職種が存在し且つ採算がとれる。それだけ砂漠を渡るという行為は危険困難が伴うということであり、実際不用意に砂漠へ向かった者の末路は例外なく屍だ。
 砂漠の案内人達は、その職業的性格から政治上は完全中立だ。どの勢力にも与せず、どの勢力とも敵対しない。帝国といえど、彼らの自由意志に介入することは不可能だろう。飛竜や天馬を多く所有するトラキアやシレジアならともかく、移動手段が馬あるいは徒歩しかない帝国圏において、彼らの機嫌を損ねるのが賢いやり方ではないことくらい誰にでもわかる。帝国本土に砂漠越しの用がなくてもミレトス辺りの商人どもの恨みを買うことは請け合いだし、本国と分断されることになるドズルも黙っちゃいない。
 ところでこのルートを採ることには一つ大きな難点がある。つまり、これは正攻法であり、公の行動になってしまうということである。そして砂漠の案内人達は、主に己達の保身のために、表向き後ろ暗いことには手を貸さず手を出さない。
 では、隠密行動をとる者はどうするか。
 簡単だ。物事にはかならず裏技というものがあり、裏道というものが存在する。
 
 海岸沿いの森。砂漠よりも緩い環境ながら、ほぼ直線を取れる砂漠ルートより距離にして倍ほどかかり、木々の半端な密さから大人数や大荷物での移動には激しく向かない、隊の構成によって困難にも簡易にもなる迂回ルート。
 そこで俺達は、現在待機中だった。
 
 
 
 話は数日遡る。
 
 サーヴの砦内、会議室。広めの部屋に大きめのテーブルと多めの椅子を用意した、ただそれだけの部屋。
 そこに、砦の主立った面々が集まっていた。
 広げた地図に両手をついて立っているティウツ、椅子にふんぞり返ったドナール、渋面で腕を組んだ親父。
 そんなおっさんどもからやや距離を置いて座っているクリューゲの隣りに、俺とアアイは椅子を引く。
 どうしたの親父さん不機嫌そうねえ、茶化したように、それでも小声でいったアアイに。「教団」がらみだとさ、と簡潔に答えるクリューゲ。
 穏やかだった一日をぶち壊すような雰囲気の中、口を止めたティウツは俺達に一瞬険しい視線を向け、それから再び、口を開く。
 
 ――ドズル王国内のロプト司祭が、「献上品」をダーナへ運送する。
 
 その、「献上品」の運送先を、サーヴの砦に変更してやろうじゃねぇかと、まあそういう話だった。
 ドズル王国からシレジアを除く諸外国へ至るにダーナを中継することは必須で、その領主の機嫌を取っておくことは様々な意味で有効だ。だから、ドズル在住者がダーナへ献上品を送るのは充分あり得る話。
 
 疑問も異論もなく話は進み。
 全て説明し終えたティウツと入れ替わるように、立ち上がったのは、親父だった。
 その後、まあ非常に予想通りの一悶着が起こる。暗黒司祭の存在に自分が出るといった親父と、手柄を横取りする気かと穿ったティウツの間で。
 親父は親父で暗黒教団に対する敵意と執念が薄ら寒いし、ティウツはティウツで手柄のなんのとくだらない。実利が幾らあるか、重要なのはそれだけで、誰がなにを為したなどどうでもいいことだろうに。
 結局、ドナールの鶴の一声で、この仕事は親父が執ることになる。
 ティウツは相当ふてくされたものの。有効な情報をもたらしたことについて労われ、ドジ踏んで俺の情報台無しにすんじゃねえぞ、など憎まれ口を叩きながら、会議が終わる頃にはすっかり機嫌を直していた。単純な奴。
 
 
 
 そういうわけで準備万端人選に吟味をかけ、こうして待ち伏せをしている現在の俺達である。
 献上品の運送に森ルートが採られるというのは、彼らの行為が公的ではないということからの予想だが、一応ウラはとってある。実働に参加しない分裏方で働くということか、ティウツがいつになく張り切り、情報収集に力を注いだのだ。
 まあ、元が自分が持ってきた話であるし、献上品の横取りによって得られる旨みの前には親父との確執など然したるものではないのだろう。
 
 斥候に出た者はまだ戻ってこない。
 情報によれば、昼過ぎ頃に俺達がいる地点を通過するはずで、現在日はまだ中天より東に寄っている。つまり、予定通りということだ。
 俺は緑濃い樹木の幹にべったり凭れながら、ぐるり辺りを見回した。
 森の中、獣道よりはましな程度の小道をやや外れた木々の中に、俺達は身を潜めている。獲物が少人数で行動しているであろう事と、場所柄から鑑みて、俺達もそれ程多数ではない。まあ、俺達が大人数で動くことは滅多にないのだが。
 ランドックとクリューゲが小声で話している。槍術は障害物の多い場所では厳しいとか、潤いとはほど遠い話題だ。確かに、この商売を長く続ける気なら。クリューゲは槍以外の武器を修得すべきかも知れない。あいつの技術は、開けた屋外で、しかも馬上で振るわれることが前提だったのだから。まあ、自分なりに試行錯誤しているようだし、俺が気にするまでもなく考えているだろう、いろいろと。
 アアイは剣を磨いていた。両手持ちの大剣を時折軽々日にかざし、にんまりと笑う。その姿はいかんとも表現しがたい不気味さで、これで剣の腕がなかったらただの変態だよなとふと思う。
 他に、傭兵が三人ほどいる。俺達だけで十分だと、そう思ったのだが。ロプトの坊主もバカじゃねぇ、警戒して護衛くらい付けてるのさ、とティウツに説得されりゃ、頷くしかなかったのだろう。少人数で動く身軽さを親父は好むが――そしてそれは俺も同感だが、無碍に断る理由が「好み」では弱すぎるのだ。親父は、余計な軋轢は望んじゃいない。
 以上に、親父と俺と斥候のマカリアを加えた総勢九名。マカリアはティウツの部下で、獲物の姿を俺達に知らせたあとは荷物の運搬人員を呼ぶために砦に戻る。それにしたって、森で動くのなら多いくらいの人数だ。
 ちなみにセマは、いれば便利なこともあるのだろうが、留守番組だ。荒事の最中は足手まといでしかないし、それに、まあ、なんだ。もう一人、足手まといを置いてきているので。お守りが要るだろう、と、親父がそう気を回してくれた。正直感謝している。
 
 親父は。少し、苛ついているように、見える。
「――なあ、親父」
 声をかけると、なんだ、と、不機嫌そうな返事が返ってきた。
 なぜ、今この瞬間話しかけようと思ったのか、自分でもよく判らない。まあいい。半端に時間もあることだし、親子の対話といこうか。
「前から聞きたかったんだが」
「ああ」
「暗黒教団を嫌うのはどうしてだ?」 
 問いながら。
 理由なんかねえよ、ただ気に食わねえだけだろ、あんな辛気くせぇ奴ら好きになれって方が無茶だぜ。
 そんな、かつてドナールに聞いたときに返ってきた簡素極まりない答えと同等のものを、俺はなぜか、期待していた。
 けれど。
 一瞬だけ見せた親父の表情は、酷く哀しげだった。けれどそれは、ほんとうに一瞬だったので。確かにそうだったのかどうかは、わからない。
「俺の大事な者は、全てあいつらに奪われた」
 淡々と、親父はいった。
「たいせつなもの」
 俺は、鸚鵡返しに言葉を発する。
 親父は軽く頷き。そして、瞠目した。
 たいせつなもの。
 それがなになのか、俺は聞けなかった。踏み込んではいけない領域なのだと、そんな風に感じた。
 いつか。俺がもう少し大人になって、静かに晩酌なんぞするようにでもなったら。話してくれることも、あるのだろう。
 それで。
「そうか」
 とだけ返して、親子の対話は終了し。
 樹の幹に沿ってずるずると、地面に座り込み、俺は小道に目を戻した。
 
 なぜもっと食い下がらなかったのかと。どうしてもっと、話をしなかったのかと。後に酷く悔やむことになるのを、この時の俺は知らない。
 
 
 
−15−
 
 がさりと。静かに茂みをかき分け、マカリアが帰ってきた。
「護衛が三人。荷物持ちは二人いたが、素人だ。それに坊主が一人。護衛はマントを羽織っていたから確認はできなかったが、徒歩だしそう重装備じゃねぇだろう。まあ、ちょろい仕事ってやつだな。せいぜい頑張んな」
 こきこきと首を回しながら、そんな軽口をいう。
 あくまで斥候、荒事の面子には入ってないマカリアの、今日の仕事はこれで終わりだ。
「――それじゃ俺は砦に戻るぜ。心配は要らねえだろうし、お宝楽しみにしてるよ」
 ひ、とどこか下卑た笑を見せ。
 片手をひらひら振って、とっとと砦方面へ消えていく。
 
 程なく。
 ざわめきが、近づいてきた。
「どうれ、おっ始めるか」
 親父の言葉に。
 すいと、俺達は剣を抜く。
 
 
 
「君の生命のお値段は、いくらかな?」
 茶化すような、嘲るような口上。
 右手に持った大剣の平を肩に乗せ。左手の立てた人差し指を口元に当てるという不気味に可愛らしい仕草で、護衛たちの前にアアイは立ちはだかった。浮かべている表情は、恐らく不適な笑みってやつだろう。
 突然現れた俺達に、護衛たちは慌てふためく。しかしそれは一瞬の躊躇で、彼らは即座に剣を抜き、司祭は呪文書を取り出した。さすが只の素人ではない。
 ただ、それよりはるかに、俺たちには分があった。先手の上数に勝り、それなりに腕も立つ。圧倒的勝利を収めるのは、時間の問題だ。
 ――そうして。
 実際その時間は非常に僅かなものだった。
 ティウツが付けた傭兵の力を借りるまでもない。アアイとクリューゲがちょっと暴れただけで、全ては終わってしまった。
 抵抗らしい抵抗も出来ず、無力化される護衛。ハナから無力な荷物運びの人足。一人しぶとかった司祭も、呪文書を奪われ後ろ手に地面に押さえつけられれば、出来ることはなにもない。
 あまりに僅かすぎて剣を振ることすらなかった俺は、手持ち無沙汰に伸びをした。
 ランドックが腰の小荷物から縄を取り出し、護衛達を縛り上げるべく近づき。親父は忌々しげに、暗黒司祭に刃物を突きつける。アアイもクリューゲも、あっさり終わってしまった荒事に拍子抜けして構えを完全にといていた。
 
 不意打ちだった。
 
「――!」
 ひやりとした殺気に、発作的に身を落とす。焼け付くような痛みは左肩にずれ、俺はそのまま前方に転がった。立ち上がりざま、振り返る。
 反射神経が動物並に発達したアアイが、クリューゲに向けられた剣を己の大剣で受け止め。クリューゲはわずかに身を退いて体勢を整えていた。
 
 三人の傭兵達が、俺達に剣を向けている。
 
 アアイは傭兵の剣をそのまま流し、無理のある体勢のまま手を翻し大剣を打ち付けた。相手はそれを避けるも姿勢を崩す。隙が出来、アアイは後退し傭兵から距離を取る。剣を構えを直し、ちらりと周囲を一瞥した。
 クリューゲ、ランドックもそれぞれ再び、槍、斧を手にする。
 俺は痛む肩に顔を顰めた。灼けつくようだが、そう深い傷ではなさそうだ。幸い利き手ではないし、俺の得物は片手でもそれなりに扱える。未だ鞘に収まったままだったそれの柄を握り、すらりと抜いた。
 親父が司祭を起こす。喉元に刃物を置いたまま、
「……なんのつもりだ」
 振り返らず、そういった。
 抑えた声音。狼狽えた色はない。
 俺達の様子に、傭兵どもは鼻白んだ。しかし、それはほんの一瞬で引っ込む。すぐさま見せるにやついた顔付きは、ことさら余裕を誇示するかのようだ。まだこっちの方が多勢だというのに。
 
――まだ?
 
「親父!」
 俺が声をあげるのとそいつらの動きは、同時だった。
 人質を取られ固まっていたはずの荷物運びの男が、司祭を後ろから斬りつける。そのまま自ら突っ込む形になって、喉元に刃を埋めた司祭は声もなく絶命した。
 それを合図にもう一人の人足がランドックに体当たりをかける。思わぬ方向から衝撃を受けたランドックは、たたらを踏んで転倒は耐えたものの。
 その隙に護衛の男達は自由を取り戻し、めいめいが手に武器を持つ。
 後方三名、前方四名。完全に、挟まれた。
 前方四名は無傷ではないが、重傷を負っている者もいない。――ああそうだ。さっきのあっけなさに合点がいった。手を抜いて、被害を最小限に抑えやがったのだ。この事態を見越して。
「グルってことかよ」
 ち、と舌打ちひとつ。
 司祭は利用された、哀れで間抜けなただの生け贄だ。ほんとうの狙いは俺達の、恐らく、抹殺なのだろう。獲物を狙う狩人のつもりが、逆だったって事だ。
「どういうつもりだ」
 親父が、傭兵達に向き直り、もう一度問う。
 三人の傭兵の、真ん中に陣取った者。そいつが恐らく、この場のリーダーなのだろう、一歩前に出てにやりと笑った。
「あんた達が邪魔だって者がいるのさ」
 圧倒的優位を信じている者の顔。
 ――くだらない。
 
 
 
 有り体にいうと、嵌められたってヤツだ。
 ずいぶんと尽力してくれて、殊勝な心掛けだと感心していたのだが。ティウツの野郎、しょうもねえ謀り事めぐらしやがる。
 下卑たひげ面を思考の刃で切り刻む。
 砦の居残り組に害が及んでいないかと一瞬心をよぎったが。砦にはドナールがいる。そうそうバカな真似は出来ないはずだ。
 
 傭兵達は、不利な状況に俺達に泣きが入ることでも期待しているのだろう。嫌な笑みを湛えたまま俺達を睥睨している。
 しかし。
 はふ、と息を吐いたのはアアイだった。
 肩を竦め、一歩前に出る。
「なんだっていいよ。あんたらはわたしらを殺したい。わたしらは殺されたくない。それだけでしょ」
 朗らかに、満面の笑顔で、アアイは剣を構え直した。
 ――イザークの剣技が凄いのかこれが規格外なのか。アアイの強さは出鱈目だ。片手ほどの数差では、枷にすらならない。
 アアイの声に不穏な喜色を見た俺は、すいと身を翻し四人の方に向きを変えた。見ればクリューゲも同様に、傭兵達に背を向ける。
「アアイ、いけるか」
「余裕」
 親父の問いに、笑の滲んだ声で簡素に答えを返し。
 土を蹴る音、そして。
「はい油断大敵!」
 堅い肉を斬る音とそれが地面に落ちる音が、鈍く響く。
 
 
 

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