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「BANDITS#1 仙人掌の花」
−16−
傭兵達が惚けたのはほんの一瞬で、一人あっさり失ったもののまだ優位性を信じているのだろう。焦った様子は微塵も見せず、しかし流石に剣呑な雰囲気で、獲物を振り上げ俺達に襲いかかってきた。
クリューゲは剣戟を捌きながら、俺達からやや距離を取る。
つられ一人、金髪の男が完全にそっちに向かった。逃げ腰の男に追撃を与えようと。
しかし、まあ、実際には逃げているわけではないクリューゲは。十分な距離と場所を確保したところで足を止め、自分に向かって降りてくる金髪の剣を槍の柄で弾く。
長物の真ん中を支点に円を描くように操られるそれは、槍術というより棒術だ。
予想もつかないクリューゲの動きに、男は剣を落とすことこそ耐えたものの、手に響いた衝撃は相当大きかったのだろう。顔を顰め、後退る。
それへ、ぐるり回った勢いのままに、槍の切っ先が差し出される。
真っ直ぐ向けられたそれを弾く程に彼の手が立ち直るには、時間がなさ過ぎた。男は慌てて跳びすさ。しかし、槍の射程外に出るには間に合わない。
「はっ」
わずかな呼気と共に。
クリューゲの槍は男の腹を突き刺し、金髪の男は呻き声を上げ後退した。
ランドックに向かった男は、ランドックの左手の手斧に振りかぶった剣を絡め取られた。身をよじるも利き手を取られた状態の至近距離では避けるのは難しく。
「おぅら」
ランドックの右手の斧を食らい、男は声もなく崩れ落ちた。
ランドックの、二刀流ならぬ、二斧流。
近接で両手が完全に塞がること、相手を拘束した左手を振り解くという行動が余分に生じること、前方以外が完全におろそかになること辺りが欠点といえば欠点だが。ごつい体格と腕力で一対一では怖いものなしだ。反面、複数対一人では果てしなく不利になる。
けど今は、俺がいる。
ちょっとした身動きにさえ左肩に鈍い痛みが走るが、戦うに影響がある程ではない。しかし、ひとまず。俺は表立たず、援護に回っていた。
ランドックの後方に回ろうとする赤毛の足下にライトニングを放ち、怯んだ隙に懐へ入って斬りつける。それは皮一枚を凪いだだけで終わったが、ランドックが構え直すには十分な時間だ。
もう一人、人足に化けていた黒髪の男は、いつの間にやら親父と斬り合っていた。
親父の長い盗賊生活は伊達でなく、それなりに剣を使えるし場数を踏んでいる分実践的だ。しかし、もともと荒事は苦手な質で、戦闘が得意なわけではない。その辺り、戦闘狂のアアイや職業軍人だったクリューゲとは違う。そんな親父の闘いは、当然の如く、さすが現役恐らく傭兵のそれと比べると明らかに見劣りした。苦戦している。
化け物は二人相手に引けを取っていないようだし、一対一に持ち込んだランドックは危なげもなく、クリューゲの相手は既にふらついている。
唯一怪しい戦況を打開するため、俺は後退した親父の前に飛び出した。
傭兵が一人、倒れる。これで向こうは二人減った。お互い居残り組に無傷なものは例外を除き皆無だが、立っている人間の数は同じ。規格外がいる分、こちらの方がやや有利に見えてきた。
「いよっと」
気の抜けたかけ声で、アアイが一人を払う。
耐えきれず膝を突く男。
それを横目に、リーダー格が顔を引きつらせる。二人まとめて翻弄され、決定打をなに一つ打てない。戦況に対する焦りより、遊ばれている状況に対する怒り。
力任せに空振りした剣は地面を削り、弾かれた小石が辺りに散る。
男は喚いた。
「チクショウ話が違うじゃねぇか、ドナール!」
――ドナール。
男の口から飛び出したその名に。
俺は凍り付いた。
ドナール?
ティウツではなく、ドナールだと?
馬鹿な、
そんなこと、
あり得るはずが、
「――リーフ!」
ランドックの声に、我に返る。
呆けていたわずかな時間に態勢を立て直した黒髪が、俺に向かって剣を振りかぶっていた。
とっさに刀身で弾き、しかし予想外に重い衝撃に剣が手から離れる。
まずい。
それを見逃す程甘い男ではなく。
身を落とし剣を拾おうとする俺の鼻先を剣が凪ぐ。髪を幾本か持っていかれた。あわてて身を引く。非常に、まずい。
と。
俺の前に、親父が割って入った。
そのまま押すように、再び男と打ち合いを始める。
俺は一息つき、額に浮いた嫌な汗を拭った。辺りに注意を払いつつ、さっと剣を拾う。そのまま黒髪の男に剣を向け、本日二度目のライトニングを放つ。
魔法剣特有のこの「奥の手」は、剣が痛む割に与えるダメージが弱いので――俺自身の魔力がさほど大きくないから、ということらしい――多用はしたくないのだが、そんなことをいっている場合ではない。
案の定ライトニングは牽制程度にしかならず、男の反応は、親父から距離を取るだけに留まった。
ほぼ同時。ランドックに打たれたのだろう、血の滴る片腕を押さえた赤毛がよろよろと後じさり。クリューゲと相対していた金髪が、膠着に焦れたのか槍の射程外に大きく逃げた。
「くそっ、割に合わねぇ」
アアイに「適当に」あしらわれ続けているリーダー格が、忌々しそうに悪態を付いた。
確かに、と。男の言葉に思わず同意する。俺達の方は割に合う合わないどころでなくただ働き。完全な赤字決算だ。
男の言葉を咀嚼し茶々入れする余裕が出来てきた俺は、ざっと辺りを見回し戦場の綻びを探した。
結局、俺も焦れているのだ。
さっきの、男の言葉。喚いた名前。それが。それはとても信じられることではない。信じない。けど。けれど。
手っ取り早く、この不毛な局面を終わらせ、そして一刻も早く、確認しなくては。一刻も、早く。
――――ふと。
空が、翳った。
辺り一帯が。大きくなにかに覆われる。
思わず空を見上げた。
なにか大きなものが空にあって、日の光を遮っていた。
広がった対の皮膜。相似形にひしゃげた傘。
輪郭がきらりと光る。褐色の鱗が日を反射して。
それは――竜だった。トラキアの飛竜。ダナエは大きく旋回し、いったん上昇した。そして。
「リーフさん!」
舞い降りるなど生やさしい速度で降下してくる竜、その背から身を乗り出した少女が。
大声で、俺の名を喚んだ。
−17−
「――駄目だ、ダナエ!」
珍しく大声を張り上げたクリューゲが、彼女の予想着地点に走った。
そこには、男が倒れている。
先程ランドックと打ち合っていた男。全く身動きしないが目に見える外傷はそう多くなく、幽かに胸部が上下することから絶命していないと簡単に見て取れる。
けれど、今のままでは飛竜の下敷きになり、想像するのも嫌な状態になるのは確実だった。
「リュー」
クリューゲの意図を察した俺は思わず声をあげる。急かそうとしたのか、止めようとしたのか。それは、自分でも判らない。
滑り込むように、クリューゲが男を蹴り出す。そのまま転がって、影の範囲から脱出。
巨体ががさがさと行く手の枝葉を凪ぎ倒し、鈍重に地面に降りたのは、その直後だった。
ぱらり、乾いた、どことなく間の抜けた音をたて木の枝が地面に落ちる。
その向こう。わずかに立った土埃を払い、クリューゲは顔を顰めて身を起こした。傍らには男が転がって、意識が戻ったのだろう、なにかを呻いている。
クリューゲにも、そして男にも特に怪我はなさそうだ。まあ男は蹴られた跡が打撲傷にでもなるだろうが、竜の敷物になるよりは数段マシに違いない。
ほう、と、吐息を漏らした。恐らく安堵の。
それからゆっくり、俺は、それへ振り返る。
くるり辺りを見回し、俺に目を留めぐるぐる唸るダナエと。
その首に全身でしがみつき、堅く目を閉じたティニー。
砦で留守番していたはずの一人と一頭が、そこにいた。
やがて、固まっていたティニー、砦を出る俺達を見送ったときのそのままの素朴な服に前身頃全てを被う生成の前掛けをつけただけの彼女は、のろのろと頭を上げ下方に目を向ける。
彼女の視線の先には、俺がいた。
「あ」
びくりと震え、一瞬浮かんだのは安堵の表情。その目が周囲に向かい、殺伐とした跡に顔を顰めた。剣を手にする者たち。えぐれ荒れた地面、ところによりどす黒く染まっている。覿面、わななきを、涙を堪えるように、彼女の顔は歪んだ。
ティニーは身を起こし、転げるようにダナエから降りようとした。いや、本当に転げて、慌ててダナエの皮膚に両腕を張り付ける。ざらざらの鱗に袖の布地が引っかかったのか、ティニーの落下速度がやや緩やかになった。
――と、呑気に観察している場合ではない。
なんとなくどっと疲れるが、堪えて俺は駆け寄った。
「わわわ」
ずるずると。耐えきれず、余り緊急性を感じない間の抜けた声をあげ、ティニーが滑り落ちる。
予想より軽く柔らかな衝撃と共に、俺の腕の中に収まった。
肩に痛みが走る。思わず俺は顔を顰め、それを見たティニーは、なにを勘違いしたのか「すみません」と小さく謝る。
それがなんとなく可笑しくて。なぜだかとても、可笑しくなって。
俺は彼女を抱える腕に力を入れた。
洗濯に使ったそれが染みついたのか、それとも夕べ頂いた湯の残り香か。石鹸の香りが、ふわり鼻をかすめた。
−18−
遡ること数時間前、サーヴの砦。
敷布の入った洗濯籠を抱え砦内を歩いていたティニーは、血相を変えて走ってくるセマに腕を捕まれ、そのままドナールの部屋に連行された。
落とさないように無理な姿勢で抱きしめていた洗濯籠を持ちやすく直したティニーは、青ざめたセマと、突然のそして珍しい来訪者に唖然とするドナールを窺う。
荒くれ者どもの首領にしては意外過ぎる程こざっぱり片付いた私室、その主であるドナールは珍しく本など読んでいたようだったが、ぱたりと閉じたそれの題名は「イード哀歌」だった。
ガレスから借りた同題のそれはまだティニーの手元にあり、ということは恐らく、その本はドナールが所有しているものなのだろう。感傷的な本とドナールのひとなりは繋げ難く。意外な一面を、ティニーは微笑ましく思った。
おっとり辺りを観察していたティニーだったが、セマの焦った声に我に返る。
「あのっ、っと、た、たいっ、大変なんですっ」
どもりにどもるセマ。
迂闊な発言をしては怯えたり慌てたり、そんな姿をしょっちゅう見ているとはいえ、ここまで慌てている彼を見るのはティニーは初めてで。一体何事かと不安になる。
ドナールは呆れたように鼻を鳴らし、ティニーにテーブルの上を指してみせた。そこにあるのは水差しとグラスだ。こく、と小さく頷いたティニーは、水を注いだグラスをセマに差し出す。
しかし。落ち着いたセマがよろよろと話し出しすと、安穏と構えていたドナールは表情を歪め、ティニーは蒼白になった。
セマがそれを聞いたのは、全くの偶然である。
リーフが嫌がらせのようにいい付けていったダナエの食事の用意を終え馬屋を後にしたセマは、最近見つけた隠れ場所である小屋裏の倉庫、東の見張り台へ至る階段の踊り場からしか出入り出来ない小さな部屋で読書をすべく階段を上っていた。
ここへ来て大分経つとはいえ、元来おっとりしたセマは砦の住人の大半とは根本的にウマが合わない。幽かな緊張を強いられ気遣いに心労する毎日、芯から気が休まるのは一人でいるときだけだ。
ところが。普段全く人気のないそこは、今日に限って先客があった。
人の気配とぼそぼそ聞こえる話し声。
扉に手を掛けかけ、セマはそのまま固った。
しかし、静かに歩く癖、僧院仕込みの作法が幸いしたのだろう。セマの存在に気付いたフシはなく、ぼそぼそ声は続いている。
ほう、と胸を撫で下ろして、セマは引き返そうと踵を返しかけ、
「――あれくらいでくたばるとは思わねぇが」
物騒な言葉に、再び固まった。
「……し、無傷ってワケには……でしょう、ティウツさん」
続いて聞こえてきた声は、いつかリーフが「三下の腰巾着」と揶揄した男の声だ。ティウツの部下で、最近砦に来たばかりの若い男。
扉越しのくぐもった声は、意味を取るのがやっとだ。セマは耳を澄ます。
「……、マカリアさんも行ったんだし、幾らアアイの野郎が強いつって……くらいは減って……」
ひやりと、冷たいものが背筋を走る。気安い口調にのぼった、親しいものの名前。それも、好意的とはいい難い文脈で。
「生意気なリーフの野郎はこの手で仕留めてぇが――」
そろりそろりと。足音を消してセマはその場から逃げ出した。
もう少し居残って情報を聞き出せよというのは無理な話だ。所詮セマは、人の悪意に慣れてはいない。むしろ卒倒せずその場から無事脱出したことをほめるべきだろう。
酷く断片的かつ僅かな情報であったが、ティウツがよからぬことを企み、そしてガレス達が危険に晒されているだろうことを想像するのは容易である。
話を聞き終えたドナールは迅速だった。
ティニーとセマに、今すぐガレス達を追うよう指示を出し、己はティウツの元へ向かうべく立ち上がる。
慌ててセマが止めた。
「今からガレスさん達を追ったって間に合いません。それに、いくらドナールさんでも一人で行くのは危険です」
ティウツはガレスとは険悪だが、ドナールは慕っている。しかし、今は事情が事情だ。話の持って行きよう如何では、ティウツが逆上しドナールといえど害することを躊躇わない、などという事態も大いにあり得るだろう。
今日砦に居残っているものはそう多くはないが、信用出来る頭数をある程度以上集めてからティウツの元に向かうべきであるし、もっと安全を期すならば企みを打破し帰還するだろうガレスと合流し――あれぐらいでくたばるとは思えない、といったのはティウツ自身なのだ――それから彼を糾弾すべきだ。
「――そんなまどろっこしいことしてられねぇよ。いいからお前らは行け。ダナエに乗っきゃあ、間に合うだろう」
ドナールは苛々と答える。
しかし。その言葉に、セマは別の意味で顔面蒼白になった。
セマは、ダナエが怖い。それは、生理的な恐怖だ。周りがなにをいおうと、克服できるものではない。
「――と思ったんだが、お前にゃ無理だったな」
こんな場面でも、血の気をなくしたセマの様子は滑稽だったのだろう。ドナールは苦笑し、前言を撤回した。そして、頭に昇った血も下がり、口調からは焦りが消える。
「あー、しゃあねえ。お前、流石に馬にゃ乗れんだろ。ひとっ走りガレスらを迎えに行け。俺は部下を集めティウツを吊し上げる。嬢ちゃんは、そうだな、部屋で大人しく――」
「あのっ」
それまで静かに話を聞いていたティニーは、ドナールの言葉を遮り意気込んだ。
ごく、と唾液を嚥下し、喉を湿らせ。ドナールを真っ直ぐ見据えて、ティニーはいう。
「わたし――わたし、ダナエさんに乗れます。前に、リーフさんに教えて貰ったので、だ、だから、わたしっ」
「だ、」
駄目ですよ、と。ティニーの意図を察しセマがいいかけるが。興味深げに、口端をあげたドナールに制された。
すうはあ、と。言葉に詰まり、ティニーは息を整える。そして。
「わたしが、リーフさん達を、迎えに行きます」
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