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「BANDITS#1 仙人掌の花」


−19−
 
 つかえつかえ、必死に事情を説明するティニー。
 そんな彼女の様子に、俺達は互いに顔を見合わせた。浮かぶのは、怒りより困惑だ。
 ティニーの後ろで、ダナエが巨体を丸まらせぐるぐる喉を鳴らしている。それが、妙にこの場に合っていて。脱力して、肩を竦めるほかない。なんて、滑稽な。
 要するに。俺達もそしてこの傭兵達も、ティウツに体よく嵌められたってことだ。
「――なんだか白けたねえ」
 剣を置いて伸びをするアアイが――ついさっきまで打ち合っていたのが嘘のようなくつろぎっぷりだな、と思わんでもない――欠伸の一つも交えそうな声でいった。
「それで、どうするの」
「どうするもこうするも、砦に戻るしかねえだろ」
 俺はそう吐き捨てる。
「あの野郎吊し上げて、落とし前を付けさせるさ」
 言葉とは裏腹に、口調は鈍い。吐息。
 嵌められたもの同志と仲良く並んでいる傭兵が、なぜか一緒に頷いていた。こいつらにしても、ティウツの野郎にいいたいことがあるだろう。たくさん。
 億劫だがな、そんな考えが頭をよぎった。俺達は、妙に落ち着いてしまった。どこか気怠くすらあった。つまり、気が抜けたのだ。
 ティニーがおろおろと俺の顔を見上げる。周りを窺い。ものいいたげに逡巡する。
 早く戻ってドナールの手助けをしなければ、そんなことがいいたいのだろう。それは尤もな意見であり、ここでこれ以上話している理由の方が寧ろない。
 けれど。
 ドナールが仕切っているのだから、砦の方は恐らく大丈夫だ。俺達が駆けつけるまでもなく、ティウツはとっくに簀巻きの身。
 そんな、ドナールに対する信頼感が、俺を緩慢にさせているのだ。
 
 
 
 ――突然。
 ダナエが低い唸り声を上げた。
 瞬時に表情を殺して、アアイが手近にいたティニーの手をぐいと引く。
「きゃあっ」
 小さく叫び声をあげ、ティニーはバランスを崩し。
 それを引き受けたクリューゲが、彼女を地面に倒し自分も共に姿勢を下げた。
 その上を。銀色に光るものがかすめ。
 間抜け面晒して呆然と立っていた傭兵の男の胸に刺さる。
 呻き声を上げて倒れる傭兵。
 更に、矢が。二本、三本。俺の腕を撫で。傭兵の頬を擦って後ろの木々に突き刺さり。或いは茂みへと消えた。
 ダナエが身を縮こませる。
「ダナエ、大丈夫だ」
 様子を伺い、気休めをいった。
 飛竜は矢撃に弱い。そして、ダナエは戦場が嫌いだ。
 まだ恐慌はきたしていないようだが、見境なく暴れられたらこそこそ隠れる射手よりはるかに脅威になる。
 そんな、一瞬の思案と、よそ見。
 それは時に自殺行為になると、俺は知識では知っていたが、身になってはいなかった。
 
「リーフ!」
 
 衝撃。
 脇から伸びた腕が、俺を突き飛ばす。
 たまらず地面に倒れ込んだ。剣が手から離れ、鼻先に転がり。
 その視界に、なにものかの影が被る。
「――大丈夫、か」
 どこか軋んだ、尋常ではない声音。けど紛れもない、親父の声が、俺の安否を尋ねた。
 一瞬呆けた俺は。とりあえず、ああ、と返事を絞り出す。
 ふと。ついと落とした視線の先、親父の足下に、点々と溜まるなにかどす黒いものが見えた。
 点、点、点、と。
 それは、溜まりを広げていく。
「……親父?」
 俺が身を起こし親父に声をかけるのと、
「ガレス!」
 珍しく焦った声をランドックがあげるのが、ほぼ同時。
 親父が膝をつき、そのまま地に伏した。  
「――畜生」
 口汚く罵りの言葉を発し。アアイが矢の方向へ駆け、茂みに飛び込んだ。傭兵が一人、その後に続く。
 ランドックが親父に駆け寄り傍らに跪いた。倒れた身体を抱え起こすと、色を失った顔が仰向けになる。倒れた拍子に折れたのか、矢羽根を無くした矢が、親父の胸に起立していた。
「親父?」
 覗き込んで、声をかける。声が震えた。
 幽かな唸り。瞼がふるえ、うっすらと、目が開かれる。
 ああ、まだ。俺は安堵に胸をなで下ろす。
 
 けれど、親父は。
 ごふ、と咳き込み。血を吐いた。
 
 
 
「ガレス、おい、しっかりしろ」
 そういいながら、ランドックは辺りを素早く見回した。
 弾かれたようにティニーが、いつの間にか後ろに立っていたティニーが俺の脇にしゃがみ込み。前掛けを外して、親父の血を拭った。生成りの布と、ティニーの白い指が赤黒く染まる。
 親父は、そんなティニーの手を、力無い仕草でやんわり押しやった。
「リーフ」
 俺を呼ぶ。
 どこか虚ろに親父を見下ろしていた俺は。その声に、我に返った。
「親父、」
 膝を折り、赤黒く汚れた手と、そして血の気の引いた顔を覗き込む。
 ――大丈夫だ、すぐ砦に戻って、セマに杖を振るってもらおう。そうすればこんな怪我たちどころに治る。だから。
 そんな羅列が一気に思い浮かび、けれど口は動かなかった。あまりの嘘臭さに。俺は唇を噛む。
 親父は死にかけていた。未だ刺さったままの矢は明らかに急所にある。更に矢傷は一つではない。未だ事切れることなく、目を開き口を戦慄かせていることが不思議なくらいなのだ。
 視線を彷徨わせ、俺の姿を認めたのか。焦点の合っていないそれは、恐らくもう、確かな画を写すことはない。けれど確かに。その目は俺を向いた。
「俺は、死ぬな」
 濁った声が。
「だが、その前に、俺はお前に、いわなきゃならねぇことが、」
 がふ、と再び咳き込む。
 言葉は確実に、親父の命を削っていた。
「いいから」
 黙ってくれ、頼むから、後からいくらでも聞くから。
 けれど親父は、幽かに首を振った。後からなんて、ない。
「……本当は、もっと早く、いうつもりだった」
「ああ」
 だから俺は、ただ相槌をうつ。
「俺は、お前の、本当の親じゃねぇ」
 ひゅーひゅーと息を漏らしながら、親父は一気にいった。
「知ってるよ」
 俺は親父の手を握る。乾いた、温かい、大きな手。
「そんなのはもうとっくに知ってる。けど、どうでもいいだろ。俺の親父はあんたで、俺は親父の息子だ。だから、」
 そうか、と掠れた声は安堵にも満ちていて。親父は笑った。確かに、笑った。
 
 
 
−20−
 
 がさがさと茂みが揺れ、アアイと傭兵の一人が戻ってきた。
「ガレスは」
 静かに問うて。辺りを一瞥し、「ああ」と呟く。
 抜き身のままの剣を地面に突き刺す。そのままその傍らに腰を下ろし。
「マカリアだった。始末してきたよ」
 無造作にそういった。
「もう一人、名前は知らないけどティウツのとこに出入りしてた若い奴がいた」
「そいつも」
 クリューゲが、疑問に似た相槌をうつ。
「埋めてやる義理はあるかな」
「義理はないが、この界隈の動物が人の味を覚えたら厄介だろう」
 成る程、と頷いたアアイは、傭兵たちに頭だけ振り返る。頼んでいいかなあ、という気楽な問いかけに、傭兵のリーダーは「頼まれてやるよ」と答えていた。 
 
 ――ランドック、後は頼むぜ。
 親父は最後にそういい残した。任せておけ、というランドックの言葉が親父に聞こえていたのかは定かではない。けれど、親父の死に顔は、こんな場にあって不似合いに穏やかだ。
 「頼む」。
 ランドックは親父と付き合いが長いし腹心だ。だから、後を託されるのは当たり前のことで、言葉に不自然な物はなにもない。
 けど。それ以上の含みを、俺は感じた。決して、深読みのし過ぎではなく。
 まあ、いい。ランドックには解っているのだろうから。そして今は、それを気にしているときではない。
 
 ドナールがいるのだから、砦の方は大丈夫。
 さっきまで、確かに俺達はそう考えていた。
 けど、今は。
 酷く、嫌な気分だ。いつになく、ティウツは陰険で周到。見通しが甘くて助かったが、本気でこっちを殺しにかかっているのは間違いない。
 ティウツが俺達を、ガレスを疎んでいたのは知っていた。いや、目障りに感じている、その程度だと思っていた。これ程の悪意を抱いていたとは、想像もしていなかった。
 ティウツは俺達を甘く見積もっていたが、俺もあいつを嘗めていたのだ。
 
「ランドック、この場は任せていいな」
 俺は立ち上がる。
 鬱蒼とした森の中、ダナエが飛び立てる程に開けた場所は出るには、ずいぶん距離がある。それを呑気に引率する余裕は、今の俺にはない。傭兵たちが戻って来るにも、もう暫く間がかかるだろう。
 この場はランドックに頼み、俺にアアイ、クリューゲの三人だけで先に戻る。なにもなければそれでよし、なにかあったとしたら。
「アアイ、リュー、砦に戻ろう。急ぐぞ」
 了解、とアアイは頷き、クリューゲも無言で立ち上がった。
 俺は、地面に転がったままのはずの光の剣を拾おうと振り返る。
 ティニーがいた。
 俺の剣を両手に携え。
 
 
 
「わたしも行きます」
 強ばった表情で、ティニーはいった。
「駄目だ」
 にべもなく、クリューゲが真っ先に答える。口の重いこいつにしては珍しく。
「足手まといだ」
 だめ押しと、どこか苛ついた口調で付け加えるクリューゲに、
「そうそう。危ないからね。可愛いちゃんは、後からダナエとゆっくりおいで」
 剣に付いた血と脂肪を拭き終え鞘に収めたアアイが、素っ気なく同調する。
 しかし、そんな二人に怯む様子もなく、ティニーは俺を真っ直ぐ見つめた。
「お願いします。わたしも連れて行ってください」
 俺はティニーを睨み返す。けれど黄昏色の瞳は、怯みもせず揺らぎもしない。
「どうして」
 抑えた声で問うと、彼女は剣の柄を握りしめ、唇を小さくわななかせた。
「わかりません。けど、行きたいんです」
 頑なな、声。
 
 話にならない、といいたげに、クリューゲが大仰に息を吐いた。俺達に背中を向け、砦方面へ歩き出す。
「護らないよ」
 そういい捨てて、アアイもその後を追った。
 
 俺は。
「待たないし、助けない。自分の面倒は自分で見ろ」
 ティニーの手から光の剣を受け取り、鞘に収める。
 よほど強く握っていたのか。解かれた彼女の手の平は紅く。
「今の俺には、お前を気にかける余裕はない。――行くぞ」
「はいっ」
 ティニーは頷いて、俺の後に続いた。
 
 

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20030628/20031129改

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