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「BANDITS#1 仙人掌の花」


−21−
 
 終始小走りで息も絶え絶え。けれど、脱落することなく付いて来たティニーに、正直俺は感心していた。その彼女は今、隣りに並んでぜいはあと息を整えている。
 サーヴ砦の正面の門は不用心に開いていた。まあ、普段から開きっぱなしなので、特筆することではないのだが。
「静かすぎる。物音一つしないよ。嫌な感じがするな」
 ひょいと中を覗き込んで、アアイはいった。
「逃げたティウツを追って出払ったんじゃないか」
 クリューゲが希望的観測を述べた。自身がそれを信じてはいない口調で。
「息を潜めて待ち伏せ、ってのは、あり得ると思うか」
「マカリア達以外にもあの場に仲間がいて、そいつがティウツに御注進いたしましたってんならあり得るかも。わたしらがすぐに逆襲に来るってのは予想の範疇だし」
 小さく肩を竦め、
「でも、殺気も気配も感じないし。大体、それならわたしらって結構不用意にここまで来ちゃってるんだから、今頃斬り合いの真っ最中よ」
 砦の廻りは開けた荒野。見張りの一人も立たせておけば、そいつが余程のぼんくらでない限り近付くものを見逃すことはない。伊達に「砦」ではないのだ。
 ティウツはすでに捕らえられ、断罪され、全ては終わっている。そんな呑気な可能性は――当初は、それ以外の展開があり得ることすら考えなかったのだが――全く浮かばなかった。殺気はない。気配もない。ただ、ちりちりと焼けるような焦燥感がある。
「いずれにせよ、入りゃ判るか」
 俺は、長年風雨に晒され灰色にくすんだ木製の門をくぐる。ぎいと、錆び付く蝶番の軋んだ音が聞こえた。
 
 
 
 静けさで満たされていた石造りの床に、俺達の足音が響く。
「ティウツのシンパって、マカリア以外だと三、四人ってとこ?」
 ふと思いついたように、アアイが足を止めた。
 つられ、首を傾げる。ドナールは結構慕われていたが、ティウツのつるんでた奴ってのはぱっと思い浮かばない。
「なんだかんだいってあいつは新参だ。古い奴らはドナールやガレスの下には付いても、ティウツの下には付かない」
 まあ、俺よりは遙かに古いが、と、クリューゲは珍しく饒舌だ。
「ティウツが連れてきた奴は、あと三人だ。けど、そのうち一人はダーナにいるはずだな」
「テスラ? あれはティウツのシンパじゃないよ。だいたいダーナに行ったのだって、ティウツと決裂して逃げてったんだし。って、ニュミエがいってた」
 テスラという名には聞き覚えがある。最近見ないとは思っていたが、一体なにやったんだ。
「なにやったんだあいつ」
 俺の疑問を代弁するかのように、クリューゲが口を開く。
「んー、世話になったから感謝してたけど、趣味じゃない、ってさ」
 ティウツも手近な女で済ませようとするから、手ぇ噛まれるんだよね。
 大変下世話なものいいをして、アアイは肩を竦めてみせた。
 ティニーが首を傾げている。知らない名前が出てきたからだろう。しかし説明を求める場合ではないと理解しているのか、口を挟む素振りは見せない。
 
 と。幽かな嘶きが聞こえ、クリューゲが足を止めた。
「――全員固まっていても仕方ないな。別れよう。俺は馬屋を見てくる」
 そういうや、馬屋に向かうため身を翻す。
「確かにそうねえ。じゃあ、わたしは一階見るよ。あんたらは上と下、宜しく」
 アアイは俺達にそういい渡し、最も手近な扉に近付いて耳を当てた。ノブをがちゃがちゃ回し、あー生意気、と悪態を吐いて蹴りを入れる。頑丈な扉は、少しはたわんで見せたものの、依然己の職務を全うしていた。
 緊張感削がれることこの上ない。
 おのれ叩っ斬ってやろうか、そんな物騒な言葉と共に大剣を手をかけたので、さすがに口を挟んだ。
「ドナールの部屋に全室分の鍵があるだろ」
「あ、そっかー」
 手をポンと叩く一人芝居。
 俺はため息と共にそれに背を向け、階段方面へ歩き出した。ティニーの小走りの音が、その後ろに続く。
 
 
 
 二階は小さく仕切られた小部屋の並びで、恐らく昔は砦に常駐した兵士達の就寝の場だったのだろうし、今も俺達の就寝の場所だ。一部の例外を除く。つまり、足腰弱い親父どもは階段の上り下りを面倒がり、一階に部屋を確保てしいるので。
「あの」
 階段を上りきったところで、ティニーが口を開いた。
「部屋に、寄ってもいいですか」
 別に構わない、そう答えると、こっくり頷いて小走りに先行した。
 不用意だな、と思いつつなんとなく眺めてしまったが、目的地の前に立って大まじめに扉に耳を当て始めたのには少し苦笑した。
 彼女は彼女なりに、よくやっている。 
 
 二階の部屋どもは、結果からいえばなにもなかった。
 全室鍵はかかっておらず、無人――鍵を取りに戻る羽目にならなくて済んだのは幸運なことだが、少し不自然だ。さりとて怪しいといえるものも見られず。輪郭のあやふやな、違和感だけが、つきまとう。
 足の踏み場もないほどに散らかったアアイの個室にため息を吐いていると、ティニーが不思議そうに首を傾げた。黄色い本を、胸元に抱えていた。
 
 
 
−22−
 
 収穫なしの俺達は、次に地下を廻るべく階段を下っていた。
 アアイがいた。
 踊り場の壁に凭れてぼんやりと石畳を見つめている。それが、足音が聞こえたのだろう、のろのろと顔を上げ。俺達を目視して、ああ、と呟いた。軽く首を振って、大きく息を吐く。
「――最悪」
 へらっと、笑う。
 頭をがしがしと掻いて、そのまま唸り声を上げ。
「さすがに参ったよ。……リューを、呼んでこなくちゃ」
 壁から身を剥がす。
「なにか、あったんですか」
「まあねぇ」
「なにが」
「あー、そうだねぇ」
 おろおろと発するティニーの疑問に、答えになっていない答えを返し。「とにかく、リューを呼んでこないと」、そう繰り返す。
 緩慢な動作で溜め息を吐き、リューは馬屋だっけ、などと口にし。けれど向かう素振りなく、手の甲で額を押さえ、再び息を吐く。
 
 なにか、ひやりと。芯が凍るような、重い、そんな空気がある。
 
「あの、」
 突然、上擦った声で。淀みを払拭するように、ティニーが手を挙げた。
「わたし、馬屋に行って来ます」
 いきなり立候補。
 じゃあ頼む、と。条件反射の如く答えてしまったのは、俺の油断だった。
 けれどそのとき、俺はアアイの尋常ではない様子に気を取られていたし、アアイも普通ではなかった。そして砦は、依然静けさに満たされたままだったのだ。
 
 
 
「ドナールとセマを見つけたんだ」
 ティウツの部屋にいるから、そうティニーに伝えた後。
 先導するように俺の前を歩き出したアアイは、唐突にそういった。
「死んでたよ、ドナール」
 ――ああ。やっぱり。
 そんな言葉しか、浮かばなかった。こいつが「最悪」と表現する自体なんて、それ以外あり得ない。
「セマも」
「セマは生きてた。多分すぐ気絶して、そのまま忘れ去られてたんだと思う」
 なんか、らしいよね。うっすら嗤って。
「殴られたのか転んだのか、でっかい瘤作っててね。意識は戻ったけど、大分しんどそうだったから置いてきた。ドナールのそばに」
「そうか」
「それで、あんたらを呼びにいったんだけど、ちょっと疲れちゃってさ」
 壁に凭れて、休んでたんだ。そういって、足を止める。
 ティウツの部屋の扉。他の部屋と同じ素っ気ない木造のそれを、無造作にアアイは開けた。
 
 寝台に寝かされたドナール。
 そして、その前で椅子に座り、俯いている僧服の男が見える。
 セマは、扉の開く音にびくりと身体を震わせた。
「リ、リーフさん」
 振り返らず、俯いたまま。青ざめ震える声。膝の上に揃えた拳に力を入れ、更に頭を下げる。
「すいません、リーフさん。ぼ、僕が、僕は……」
「あんたは怪我しないで生きてただけで上出来だよ」
 アアイが遮る。
「あんたが責任を感じることじゃない」
 優しい声で。
 セマは俯いたまま唇を噛みしめる。
「でも、せめて意識を失わずにいたら、杖を使えていれば」
 間に合ったかも知れないのに。口の中で小さく消えたそのひとことは、ささくれだった俺の気持ちに真っ直ぐ突き刺さった。全ては今更で、全ては間に合わない。
 俺は開いたままの扉の枠に背を預け、腕組みをして天井を睨んだ。
 
 ドナール。濁声で豪快に笑う、屈託のない親爺。こんな生業のくせして細かく気にしいな親父が、俺にがみがみと説教する横で。んな硬ぇこというなよ、そう笑い飛ばす。親父は渋面になり、ドナールに同調して説教から逃れようとする俺の頭を、軽く小突く。
 そんな光景は、もう二度とない。
 二度と、ない。
 ――畜生、ティウツ、殺してやる。
 
「なにがあったんだ」
 説明を促した。
 ぼそぼそと湿った声で、俯いたまま、セマは話し出す。
 ――つまり、こういうことだ。
 ドナールは、ことの次第を問い詰めるためセマを伴ってティウツを訪ねた。
 しかしティウツは逆上し、突き飛ばされたセマは頭を打って昏倒。
 気付くとアアイが顔を覗き込んでいて、傍らにはドナールが倒れていた。事切れて。
 
 ドナールともあろうものが、なんて不用意で不用心な行動なんだろう。
 直情で小細工の苦手なオッサンだが、荒くれどもを纏めて二〇年余りも首領を張ってきたのだ。多少は小狡さや老獪さも備えているだろうに。いつもいつも、親父や周りの者が出す策謀のいいなりだったわけではないのだ。
 それなのに、明らかに黒な人間を単身――セマは戦力の頭数には入らない――訪ねるなんて。
「話をするだけだから、頭数は要らないと。サシで話を付けたいんだと、ドナールさんが。本当は僕にも、来るなといったんです。けど、なんだか嫌な感じがして、無理いって付いて行ったんですが」
 なんの役にも立ちませんでした、そう結んで、セマはやっと、顔を上げた。
 
 
 
 砦内は他に全くの無人なのか。
 ふと思い至って問えば、ああそういえば他にも死人と瀕死と重体を見つけたよとアアイがほざく。ちなみに例のティウツのシンパはね、死人の方に一人と瀕死の方に一人かな、と。
 親しくない者は徹底的にどうでもいい奴なのだが、それにしても今は質が悪すぎた。
 呑気に話してる場合か瀕死が死ぬわ、と俺はアアイに蹴りを入れ、リライブの杖を握りしめてセマが立ち上がった。
「間に合わせます」
 いうやいなや、駆け出す。
「ああ逆逆、食堂だよー」
 まあ、お約束の展開だった。
 セマは、流石に定石を外し、転けることなく舞い戻って来た。アアイを睨みつけ指さし確認。
「食堂ですね。食堂でいいんですね。食堂以外にはいないんですね」
 職業倫理に燃えているのか、タガが外れてしまったのか。普段からは考えられない命知らずな迫力だった。
「ここより奥の部屋はまだ見ていないからわからないよ。でも、居残ってた面子の殆どがいたような気がするから」
 気がするじゃ困るんです。ああもう。
 ぶちぶち文句を喚きながら、セマは食堂方面へ消える。
「……このわたしが圧されてしまったよ」
 呆然と、けど可笑しそうに、アアイがいった。
 それはいつものアアイで、わずかな日常だった。なんとなくほっとして、俺は呆れたように肩を落とす。そういう問題かとつっこむと、アアイはただ、ふにゃと笑った。
 
 しかし。
 そんな奇妙な居心地のよさは。
 
「――――……やーっ」
 
 細い悲鳴に、破られた。 
 
 
 

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