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「BANDITS#1 仙人掌の花」


−23−
 
 目を血走らせた男は、その腕に少女を捕らえていた。そこから数歩離れた場所に、一人の男がうずくまっている。
 中庭を突っ切って馬屋へ向かった俺達が見たものは、そんな光景だった。
 馬屋より手前、馬具が納められた納屋と、水飲み場の並ぶ、込み入った屋外。中庭を挟んで建物とは反対側、砦を取り巻く石塀が朽ちた裏木戸で途切れているところ。
 俺達が駆けつけたのをみとめたのだろう。ティウツはティニーを抱え込んだまま一瞬裏門を見やり、忌々しげに舌打ちしてこっちを睨んでくる。。
 片手にもったダガーが、ティニーの首を捉えていた。
 ティニーはそんな状態でも精一杯抵抗したのだろう。ティウツの足下まで、草が捩れ擂られ倒れている。彼女を引きずった跡。
「リュー」
 アアイがクリューゲに駆け寄る。
 腹を押さえ、クリューゲが身を起こした。指の隙間から、赤い液体がが流れる。
「……悪い、油断した」
 苦しげに漏らす声はしかし、しっかりしたものだった。命を左右する程の負傷ではない、そう判断する。
 俺は、数歩進み。真正面から、ティウツの視線を受け止めた。
「ティウツ、どういうつもりだ」
「うるせぇっ。それ以上、近づくな」
 唾を飛ばし、男は喚いた。
 ダガーを持つ手に力が入り、刃がわずかに動く。白い首筋に赤いものが滲み、ティニーはいっそう身を縮こまらせた。
 俺は足を止める。
「おう、止まったぜ。――で、」
 努めて冷静に。
「なんの、つもりなんだ」
 ここからティウツまでの距離は、徒歩の歩幅で五、六歩程。手は届かない、けれど一瞬で迫れる距離だ。――ティニーさえ、間にいなければ。
「リーフ、手前だ。全部手前のせいだ。手前が悪いんだ」
 ティウツが更に喚く。
 鼻白み、眉頭を寄せた。一体、なんのことだ。
 俺は、あからさまに怪訝そうな表情を浮かべていたのだろう。
 癪に障ったのか、ティウツは声を荒げた。
「チクショウ手前、バカにしやがって。手前さえいなければ、全部上手くいったんだ。なんでリーフ、手前なんだ、なんで俺じゃねぇんだ」
 いや、それは寧ろ、俺が聞きたい。
 
 正直俺は、当惑していた。ティウツの敵意は、俺に集中している。わけが判らない。
 確かに俺達はお互い嫌い合ってはいたが、ここまで否定されるほどの付き合いはない。日々の揶揄や軽口が気に障ったのだとしてもそんなのお互い様だし、第一俺にだけ悪意を向けてくるのが判らない。
 
 ティウツの手がぶるぶる震え、締めつけられたティニーが顔をゆがめる。黄色い本を抱きしめ、ぎゅっと目を閉じて小さくなっている。
 情けない様子だが、大事な人質だ。今すぐ殺されることはない。逆上していても、それくらいの知恵は、ティウツには残っているだろう。
 ――けど、苛々する。
「なにがいいてぇんだ、お前は」呆れたように、肩を竦めてみせ、「――一つ、確認させろ。全部、お前がやったんだな」
「手前のせいだ」
「だからなんで俺のせいなんだよ。さっぱり判んねぇよ」
 さっきから、くり返し。同じことしかいわない、ティウツ。
「――まあいいや」
 わざとらしく、ため息をつき。いい加減うんざりしてきた、そんな態度を隠さず、ティウツに一歩近づいた。
「とっととそいつを放せよ。今更逃げられるなんて思ってねぇだろ。大人しく、俺に殺されろ」
「うるせぇっ。近づくなっつってんだろ。お前が悪いんだ。お前さえいなければ、ドナールさんは俺を認めたんだ」
 
 黙って成り行き眺めていた二人、うずくまった奴とその付き添いが。
「……ホモの痴話喧嘩?」
「いや、ドナールには女がいただろ」
 ぼそぼそと聞こえよがしに囁き合う。
 この期に及んでこんなタチの悪い冗談が出るのが、らしく可笑しく。
 頭が少し冷えた。 
 
「うるせぇうるせぇうるせぇっ! 手間ら黙りやがれっ」
 激昂して、ティウツががなり立てる。
「うるせぇのはお前だろ。がーがー喚くな耳障りだ」
「うるせぇっ」
 ダガーを持つ手が、振りかぶられる。
 ティニーを縛める方の手はしかし、緩まない。
「小娘がどうなってもいいのか」
 定番の台詞をほざくティウツを無視して、少女に視線を移した。
「ティニー」
 突然名を呼ばれ。ティニーは弾かれたように、顔を上げた。きつく閉じた瞼がこわごわと動き、潤んだ夕日色がこちらを向く。 
「なんとかしろ」
「……え」
「――はははははっ! なにいってんだ手前」
 ティウツがけたたましく笑い声を上げた。
「気でも違ったか。この小娘になにが出来るってんだ。身動き一つ取れやしねぇんだぜ」
「できるさ」
 ティニーがふるふると小さく首を振る。構わず続けた。
「忘れたのかティウツ。お前が攫ってきたんだぜ。フリージの娘を」
 ティウツは改めて、自分が抱える娘を見下ろす。
 フリージ・シルバーの髪。白い手に、黄色い表紙の本。
 そこで、目が止まる。
 俺は剣の柄を握り。すらりと抜き放つ。
「できるよな、ティニー。でなければ、死ね」
「わかりました、リーフさん!」
 ティニーは笑った。――嬉しそうに。
 綺麗な、鮮やかな笑顔。
 彼女は身を捩り、依然ティウツに捕まれたまま、わずかな隙間で抱えていた本を持ち変える。白い指が硬い表紙を持ち上げ、ティニーは口を開いた。
 
 ――いかづちよ いにしえのめいやくにもとづき
 
「やめろっ」
 ティウツが焦って手を放した。
 突き飛ばされたティニーは三、四歩前につんのめり。たたらを踏んで堪えきれず、こてんと転んだ。黄色い本が手から離れ地面に落ちる。
 そのときには俺はすでにティウツの前にいた。
「――じゃあな」
 光の剣がティウツの胸に飲み込まれる。そのまま、直角に捻った。
 それで、終わりだった。
 
 
 
−24−
 
 返り血に濡れた上着を脱ぎ、ついでにそれで手と剣を拭いた。
 剣を鞘に収め、振り返る。
 へたり込んだままのティニーの後ろ姿。
 転げた黄色い本を拾い上げ、砂を払う。それから、ティニーの前に移動し、手を差し出した。
「見直した」
 え、とティニーは俺を見上げる。差し出された手に気付き、それを支えにゆっくりと立ち上がった。足下がまだ少しおぼつかない。
 ティニーは一度後ろを振り返り、そして俯いた。ごめんなさい、と小さく呟いた。なにが、と問うと、曖昧に首を傾げてみせる。
 まあ、いい。
「いい度胸してる。おかげで上手くいった」
 
 挑発して、冷静さを失った頃合いに揺さぶりをかけ、隙を窺う。フリージの娘云々はあの黄色い本からとっさに思いついたことだが、こうも綺麗に作用したのはティニーが上手くのってくれたおかげだろう。
 
 ところが。
「はい」
 ティニーは嬉しそうに。
「なにかの役に立つかもって、サンダーの魔道書を持っていてよかったです」
 そう、曰った。
 サンダーの魔道書。
 まじまじと、見下ろす。ティニーの顔と、その手にある本。……ただの、ハッタリだったのだが。
「ホントに」
 ティニーの藤色の頭に手をかける。少し乱暴に撫でると、わ、わ、などといいつつ後退った。
「たいした奴だよ」
 
 
 
「あーっ、クリューゲさん怪我してるんですかっ!」
 素っ頓狂な叫び声が中庭に轟いた。
 脇に杖。その手に小さなバケツ。片手にはむき出しの包帯を持ち、捲った腕やら白い法衣やら、どういうわけか顔や髪まで赤黒く汚した僧侶が、柱廊に立ちこちらを指さしている。包帯を握りしめたまま。器用なことだ。
 ずんずんと歩いてきたセマは、怪我人の隣にあぐらをかいていたアアイを拳でぐいと退かした。邪魔です、そうきっぱり述べて。
 その様子を見て。
「――あの、わたし、セマさんを手伝ってきます」
 ティニーが身を翻し、セマたちの元へ駆けていく。
 入れ違うように、退かされたアアイが、苦笑し肩を竦めて歩いてきた。
「やーんセマくんいつになく強気」
 ぼやきながら俺を行き過ぎ、地に横たわる男の傍らまで進む。
「――あの娘を人質にとってさ」
 胸を赤く染めた男を、見下ろした。
「けど、逃げるでなく、なにか要求するでなく。ただ喚いていた」
 ふう、とため息一つ。
「砦の乗っ取りとか、あー、跡目争い? そんな辺りが動機で、邪魔なガレスやあんたを消したかったんだろうね。で、それが半端に失敗して、ドナールにまで手をかけちゃって、自棄になった。陳腐だね」
 顔を上げ、俺に目を向ける。
「ただ、ちょっと思い出した。これは想像だよ。断片的に聞いた話を適当に繋ぎ合わせただけだから。三〇年前にね、チンピラが女を捨てた。その女には、子供がいて、成長して道を誤って、父親に会った」
「ドナール?」
「判らないよ。こんな話は、そこいらじゅうにごろごろしてる。ありがちすぎて、笑いも取れないよ。
 子供はね、父親に歓迎されなかった。認めて貰えなかった。追い出されたりはしなかったけど、雑魚の三下と同じ扱いだよ。それでまあ、ひねちゃったんだね。――当たり前だって、なんで判らないのかな。堅気でいて欲しかったのに」
 馬鹿だね。
 アアイは肩を竦める。
 死んだ男には、もう、なにも届かないのだけれど。
 
「わっ。ティニーさんも怪我してるじゃないですか。首、首」
 振り返ると、もう乾いて赤い線となった彼女の傷を指して、セマが騒いでいるのが見えた。なんとなく呑気で、楽しそうだ。
 ――今ひとつ、どこかすっきりしない。
 けど、終わったのだ。全部、終わったのだ。
 
 
 
−25、あるいはエピローグ−
 
 砦の屋上で、俺はぼんやり外を眺めていた。
 砂漠には珍しくないカンカン照りで、日差しは痛いほどに強い。
 そんな天気に遮蔽物の存在しない屋上というのは非常に居心地の悪い場所なのだが、フード変わりの掛布を頭から被っていれば後は吹き抜ける風が気持ちいいだけだ。
 そこで俺は、荒野を見下ろしながら物思いに耽っている。
 予定だったのだが。
「リーフさんはお茶と果実水どっちがいいですか?」
「早く来ないとおやつがなくなっちゃうよ」
「お前が食うペースを半分に減らせば充分残るだろ」
「わ、なんで僕のお皿から取るんですか」
 最早つっこむ気も失せる。
 振り返ればそこには。
 俺と同様に頭から掛布を被り、子供だましのお化けに扮した集団が、いつの間にか円陣組んで呑気に食い物を広げていた。
「あ、お茶は水出しだからちゃんと冷たいですよ」
 藤色の髪のお化けが、水差しとグラスを上げてみせる。
「――お茶にしてくれ」
 ふう、とため息をつき、円陣に近づいた。なぜかお誂え向きに空間のある藤色の隣に座る。
「一人で悩むと禿げるよー」
 もふもふとマフィンを平らげる男が、にやりと片眉を上げて見せた。器用なことだ。
 は、禿げますか、ホントですか、うわうわ。そんな風に、悩み多き僧侶が一人狼狽えた。
 
 
 
 一人で考え込むことを、こいつらは危惧してくれる。
 
 あの後、戻ってきたランドックや傭兵、そして砦の生き残りの動ける者達で、墓を作った。
 砦の裏に穴を掘り、麻布で包んだ親父たちを埋め。その上に墓標変わりの石を置く。
 本職のセマが長い祈りを捧げてくれて、ろくでなしの末路にしちゃ上等だと頷く声が聞こえた。
 盗賊団は、解散した。そうかっちりした組織ではなかったから、わざわざ解散を宣言するのも違和感ある話ではあるが。
 全員で、ドナールが溜め込んでいた金品を分配し、成り行きで居残っていた傭兵たちにも、幾ばくか渡した。内輪もめに巻き込んでしまったことへの詫びのつもりだったが、随分と感謝された。
 足を洗って堅気に戻るもよし。他の同業者を頼るもよし。居残るもよし。とにかく各々、好きにしろよ。そういってその場を閉めた。
 
 おかげで今、砦は随分と閑散している。
 残った奴らは、俺を首領に祭り上げた。
 年齢や経験を鑑みればランドックがなるべきなのだろうが、所詮ただの名目だ。
 新生盗賊団首領はわずか一六歳の少年、面白すぎ。そんな馬鹿の声に乗ってやり、謹んでその名を頂いた。
 跡目云々は現実のものになったのだ。皮肉な話だが。
 
 
 
「ランドックさんはいつ帰って来るんでしょうか」
「ダーナに行ったんだ、あと二日はかかるだろ」
「あー、鳩がきてたよ。手紙にね、ニュミエが戻ってきてるって書いてあった。一緒にくるから、もうちょっとかかるってさ」
「げ、ニュミエさん」
「ニュミエさんてどなたですか」
「ああ、盗賊。そんでセマのハニー」
「誰がハニーですか誰が」

 馬鹿話は続く。

「そういやねえ、名前なんてしようか」
 突然、話をふられた。
「名前? なんの」
「新生盗賊団の名前に決まってるでしょう」
 決まってるでしょう、って、どんな話の流れでそうなるってんだ。
「やっぱないと不便でしょ、名前」
「どうでもいいだろ、今までだって特に決まってなかったんだぜ」
「うあーつまんない反応。そんなこというなら「リーフと愉快な仲間たち」とかにしちゃうぞ」
「それは嫌だ絶対駄目だ全力で却下だ」
「そんなムキになって否定しなくても」
「ムキになるわ」
 俺とアアイの阿呆らしいやり取りを、ティニーの挙手が遮った。
「……あの、カクタス、なんてどうでしょうか?」
 真面目に考えていたらしい。
「砂漠に咲く花です。肉厚の葉に、棘だらけで」
「カクタス、仙人掌か」
 無骨で素朴で間の抜けた、けれど凄く鮮やかな花を咲かせる植物。
 悪くない。
 口の中で呟いたつもりの肯定は、しっかり聞き取られ拾い上げられた。
「皆の衆も異論なし? そんじゃカクタスにけってーい」
「って俺たちだけで勝手に決めていいのかよ」
「首領がなにいってんだか。自覚が足りないねえ」
 うるせぇよ三下。そういって俺は立ち上がり。
 誰が三下だってこのお坊っちゃま。指を鳴らしながら、アアイも受けて立つ。
 そして始まるのは、馬鹿馬鹿しい喧噪だ。
 食べ物飲み物抱えてセマは早々に避難し、おろおろ無謀にも仲裁のタイミングを窺っていたティニーも、呆れ顔を隠そうともしないクリューゲに引っ張られ距離を取った。
 果てしなく呑気で、果てしなく日常。
 
 盗賊団カクタスの第一歩は、こんな風にして、始まったのだ。



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