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「白詰草咲く頃」 (中)


 シレジア王家の離宮セイレーン城。
 バルコニーから眺める一面の雪は、ひどく懐かしいなにかを思い出させる。

 フリージ城の裏の。
 物見台から眺める一面の白。
 なんてことない雑草の花が、一面に咲く様。
 それは幼い記憶だ。器用に花を編む妹に、不器用なあたしは癇癪を起こして。毟った花を妹にぶつけた。泣き出す妹。狼狽える侍女。
 それから、どうしたっけ。

 うーむと記憶を掘り返しているところに、ブリギッドが戻ってきた。
 ブリギッドとあたしは同室だ。
 部屋数は余ってるから希望すれば個室が割り当てられる。けど、あたしとブリギッドは新入りで、だから勝手の知らない同士助け合おうねという配慮らしい。
 ブリギッドは最近昇位の認定を受け、「射手」の称号を得た。
 それはとてもとてもりりしくて、ああこの人はやっぱりユングヴィの公女なんだな、と改めて感動したけど。
 カタクルシイのはニガテなんだ。
 そういってお上品な面々から逃げ回る姿を見かけるまでには、そう時間はかからなかった。で、こうやってあたしや顔見知りの気安い騎士達と過ごすのを好んでたり。
 あたしも一応公女様なんだけど、どうも「お上品な面々」にはカウントされていないみたい。喜んでいいのか、悲しむべきか。
 そのブリギッドは、なんだかにんまり笑っていた。
 この笑みは、エーディンのご懐妊が発覚したときの笑みに似ている。
「なーに? またなんかオメデタ?」
「ううん。いや、そうなのかな?」
 ブリギッドの答えは要領を得ない。
「なによう?」
 あたしが促すと、ブリギッドはベッドに腰掛けていった。
「結婚式をやるんだってさ」
 結婚式?
「だれの?」
「エーディンとジャムカ、それからアイラとアゼル」
「ええ、ついに? やっと? ほんとにい?」

 シレジアへ向かう船の中で、あたしは見知った顔――公爵家の公子達と再会した。
 幼なじみのヴェルトマー公子アゼル、アゼルの親友のドズル公子レックス、行儀見習いに行かせられたユングヴィでいろいろ世話になっちゃったエーディンと、そこで仲良くなったシアルフィ公女――今はレンスター王太子妃殿下のエスリン。
 劇的な環境がそうさせたのか、お年頃だからなのか、皆が皆してちゃっかり恋人なんか作っちゃてて、あたしとしては羨ましいような、悔しいような。
 とくにびっくりしたのはアゼル。黒髪美人さんのアイラを照れながら紹介された時なんて、アゼルのくせに生意気ー! なんて喚いちゃった。アイラは気を悪くするどころか大笑いしてたっけ。

「ホントホント。アゼルがやっとプロポーズしてさ、それにたまたま遭遇したエスリンが、式を挙げよう、せっかくだからエーディン達と一緒に、盛大に、って」
 あ、なんか目に見えるよう。
「嫌がったでしょ、アゼル」
「ああ。アイラもね」
「ね、いついつ? わくわくしてきたなあ。仕切ってるのってエスリンなんでしょ。ねえねえ、手伝いに行こうよ」
「ああ。そうだね」
 そわそわ立ち上がるあたしに。
 ブリギッドも、にんまり笑みのまま同意した。



 そういやエスリンどこに居るんだろ。そんなことを話しながらブリギッドと連れ立って歩いていたあたしは。
 前方に、心なしか憔悴した様子のアゼルを発見した。
 アゼルはあたしを見止め。慌ててきびすを返す。

――失礼な。
 そんな行動とられたら、期待に応えるのが幼なじみのつとめってものよね。

 あたしはたたた、と走ってアゼルに追いつくや、がし、っとその腕に捕まった。ちなみにブリギッドはというと、同様に走って来ててアゼルの前に立ち塞がっていたりする。
 さすが、あたしの相方。
「うっふっふー、どうして逃げるのかなー?」
「え、べ、別に、逃げてなんか」
 引きつるアゼル。まったく、子供の頃から全然変わってない。
「ねえねえねえ。ところでさあ、なんていったの? プロポーズ。聞かせて聞かせて」
「ど、どうしてそれを」
「ティルテュさんの情報網をなめてもらっちゃ困るなー」
 謎めかしてみたってのに、
「エスリンが宣伝して歩いてるよ」
 ブリギッドがあっさりばらす。んもう。
 けどアゼルはそれで観念したのか。わかった、話すから、ひとまず場所を移動しよう、と諦めたようにいった。

「で?」
 食堂の一画に陣取ったあたしたちは、なぜかエプロン姿で厨房から出てきたアレクにいれてもらったお茶を飲みながら、一見なごやかなお茶会の様相でいたりした。
「で、って?」
「プロポーズの言葉に決まってるでしょう! ほら、すぱーっといっちゃいなさいよ」
 ああ、とアゼルは頷き、
「その、ね、結婚してくれないか、って」
 ………、
「……だけ?」
「うん」
「………なにそれー! つまんなーい!」
 直球でアゼルにしては男らしいと思うけど。でも、もっとさあ、技巧を凝らしたいいかたっていうの? なんかあるじゃない。
 あたしが不満を漏らすと、

「そうなのよ!」

 エスリンがいきなり、同意しながら飛び込んできた。

「ね、ね、ね。ティルテュだってそう思うでしょ? プロポーズなんて一生に一度、ってくらい大切な事よ。なのに、ねえ」
「エスリン……立ち聞きしてたくせに……そのいいぐさは……」
 アゼルがおずおずと突っ込むけど、そんなことで怯むエスリンじゃないし。
 それだけじゃあたしたちの気がすまないって悟ったのか、アゼルはぽつぽつ状況説明を始めた。

「――あの日は、シャナンがセリスをあやしてたんだけど、いつの間にか一緒に眠ってしまったんだ。
 で、それを見てアイラが、かわいいね、って笑って、傍らに腰掛けてシャナンの髪を撫でて。窓から日が少し差して、なんだかすごく穏やかな情景で、僕は見とれていたんだと思う。
 そしたらアイラが顔を上げて、どうかしたか、って」
「で」
「それで、つい、僕と結婚してくれないか、って……」
「はあ?」
 つい?
「しかも!」
 どん! とエスリンがテーブルを叩き。
「アイラの返事はどうだと思う?」

 エスリンの演技力発揮しまくりの説明をもとに二人の会話を再現すると。

「僕と結婚してくれないか?」
「…………」
 まじまじ、とアゼルを凝視するアイラ。
 アゼルはというと、自分でいった言葉に自分で驚き、狼狽え。
「あ……あれ、えと、その」
「ああ、いいぞ」
「ははは、ごめん、僕なにいってんだろ……って、ええ!?」
「だから、いいぞ」
 天気の話をするように、答えるアイラ。
「……本当?」
「うん。けど、具体的にどうするんだ?」
「ぐ、具体的に?」
「ああ。そうだな、おまえの部屋に引っ越せばいいのかな」
「引っ越すって」
「シャナンも一緒でいいか」
「あ、うん、もちろん。でも、少し狭くないかな」
「そうか、じゃあもっと広い部屋にしてもらえるようシグルド殿に頼むか」

 と、ここで。耐えられなくなったエスリンが「そうじゃないでしょー!」と叫びながら飛び込み。
「違う、違うわ! あなた達なんか間違ってるわ!! プロポーズの後は、結婚式なのよう!!!」

 で、今に至るのである。

「ふうん。アイラらしいね」
 くすくす笑うブリギッド。
「それはわたしもそう思うわ。でもそんなのダメよ。ちゃんと式を挙げて、みんなにお披露目して、祝ってもらわなきゃ。
 で、わたしが仕切ることにしたって訳。
 どうせなら、エーディンとジャムカも式挙げてなかったし、二組一編に盛大にお祝いしましょうって、思ったのよね。どう?」
 ずい、と迫るエスリン。
「どうっていわれても……」
 アゼルはまだ逃げ腰。往生際が悪いなあ。

「さんせーに決まってるじゃない!」

 あたしは立ち上がって、エスリンの手をがっしと握る。
「あたしもブリギッドも協力の申し出に行くところだったのよ。ね」
「ああ、暇だからな」
 ブリギッドの身も蓋もない言葉に、あたしとエスリンはテーブルに突っ伏し、アゼルは力無く笑った。



 そんな訳でそれから数日は結構大忙しだった。
 主役二組を蚊帳の外に出して、段取りを相談し、必要なものを調達するのに東奔西走、はちょっと大袈裟か。

 純白の布を抱え、エスリンが走ってくるのが見えた。うーん、よく働く未来の王妃様だなあ。
 その妃殿下は、通りすがりざま足を止め、
「ティルテュー、悪いのだけど、神父様にことづけてくれないかしら」
 こういった。
 う。
 実は、ここ最近神父様とはお話ししていない。
 アグスティであの話を立ち聞きして以来、あたしが一方的に避けまくってるからなんだけど。

 うーん、神父様のお顔は拝見したいんだけど、でもなんか気が重いなー。

 と、視線を飛ばすと。エスリンの兄の部下ということで当然のごとくかり出されていた騎士ノイッシュが書類を小脇に歩いていくのが見えた。
「ああああごめん、エスリン、あたしノイッシュに頼まれごとがあったの」
 ごめんねー、とノイッシュを追って駆け出す。
 あら、そうなの、と。あっさりあたしの言葉を信じたエスリンが、通りすがりの天馬騎士に同じ頼み事をしているのが後ろに聞こえた。



「ノイーッシュ!」
 あたしの呼びかけに、あっさりした私服姿の騎士はその足を止めた。
「ティルテュ公女」
 どうかなさったのですか、と首を傾げる。
 どこに行くの、と訊ねると、花の納入業者と打ち合わせを、という。
「お花の? あたしも行っていい?」
「構いませんが……数量を確認するだけですから、面白いものではないですよ」
「えー、そうなの? んー、でも、まあいいや。行く」

 業者とは、城門すぐの門番小屋で待ち合わせているとのこと。

「――ねえねえ、楽しみね、結婚式。知ってる、ノイッシュ? エスリンがいってたんだけど、アルスターのある地域では、式の終わりに花嫁さんがブーケを投げるんだって。で、それをキャッチした人が、次の花嫁さん」
 いえ、初めて聞きました、とノイッシュ。
「けどさ、受け取るのが女の子とは限らないと思うんだけど。男の人が受け取ったら、どうするんだろうね」
「………」
 固まるノイッシュ。
「うふふ。今、ヤなこと想像しちゃったでしょ」
 沈黙したその顔を覗き込むように見上げると、照れたように少し赤くなった。すいません、という。
「あのね、ブーケを受け取りたい女の子達が前に出てくるから、それ以外の人が取ることはないのだそうよ」
「ああ、そうなんですか」
 心底ホッとしたように、頷いて。
 それが余りにおかしくて、あたしはきゃらきゃら笑い。
 そして――そんなあたしを見るノイッシュが、すごく優しい笑みを浮かべているのに、気付く。

 あれ。
 なんかどぎまぎしてしまうな。

「なによう」
 なんとなくムッとして軽く睨むと、
「いえ……その、公女が元気なようなので」
「あったりまえよ。あたしはいつだって元気よ」
 少し火照ったような頬に気付かれないように。くるっとノイッシュに背を向け、やや先行して、あたしは歩き出した。

 そして、回廊にでる。
 ぼそぼそと、低く兵士達が話すのが、聞こえた。

「――忌々しいものだな。シグルド公子を陥れたフリージの娘が、我が物顔で城を歩くのを見るのは」
「いい気なもんだよ。オレ達が故郷を追われたのが誰のせいなのか、あの脳天気な姫君は判ってらっしゃらないのだろう――」

 立ち去る、石畳に響く靴の音が、やがて消える。

「……公女?」
 どうかなさいましたか、と。遅れてきたノイッシュが、立ち止まるあたしを不信がってか、訊いてきた。
 ああ、こんなこと前にもあったな、と思う。
 あたしの顔色は、また変わっているだろうか。
「なんでもない。行こう」
 めいいっぱいの笑顔で答えると、
「はあ……」
 気の抜けた返事を返した。――よかった。ノイッシュはなにも気付いていない。

 シグルド公子が何度もバーハラへ手紙を送り、しかし、返事は今だかけらもないらしい。
 それどころか。シグルド公子はフリージ公女を拐かし、楯にして交渉しようとする卑劣な人間だ、と。そんな寝言までいっていると、聞いて。
 それであたしは、書きかけの、なんとなく筆の進まなかった手紙を小さく千切って捨てた。
 お父さまが、あたしを悪いようにするはずがない。
 あたしが身を寄せる場所を、悪いようにするはずがない。
 そう、信じたい。
 お父さまに悪意を持つ者達からの又聞きだもの。あんなのきっと嘘。お父さまがあたしを心配しているのが、ねじ曲がって伝わっただけよ。
 厳しくて口うるさくてちょっと煙たい、けど、大切な、大好きな、あたしを可愛がってくれたお父さまだもの。
 信じたい。
 けど。

「ねえ、ここからバーハラへ行くには、普通どういうルートを取るの?」
 唐突なあたしの質問に、ノイッシュは戸惑いながらも真面目に答えてくれた。
「そうですね……最も早いのは、ここセイレーン城の西の港――我々が上陸したところですが、そこからアグストリアを経由し、あとは陸路を取るルートですね」
「アグストリア……フリージに抜ける道ね?」
「はい、そうです。シレジアの南から真っ直ぐ海を渡るルートもないことはないですが、あの辺りは海岸線が複雑で、よほど腕の良い船乗りでない限りまともに接岸出来ないそうです」
「ふうん……」
「海を渡らず東へ向かい、イードの砂漠を渡るというルートもあります。しかしこちらは、商隊や旅人が主に利用するものですので」
「うん、それはすごく時間がかかりそう」
「……それが、どうか、なさいましたか?」

 ぎく。ノイッシュが探るような目で見ている。

「ううん。ただの一般論。ほら――シレジアって冬なんか雪に閉ざされちゃうから、他国とあんまり交易ないのかなーと思って」
「ああ、それでルートを」
「うん、そう。ノイッシュの話聞けてよかったー。ホント、陸の孤島って感じ。渡りの商隊くらいしか異国の文化を持ち込まないから、雰囲気が独特なんだね」

 嘘ばっかり。

 けど、この後あたしは、不信がられないように――お花屋さんがやって来るまで、ぺらぺらぺらぺらしゃべり続けたのだ。
 

もどる。 つづく。

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