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「コンプレックス167」 (前)


 第一印象が最悪だった。
 漆黒の甲冑や、自分の首をあわや切り落とすところだった魔剣、そして鋭い眼光。それらはまあ、別に気になるところではない。親の敵(の息子)と殺されかけいまだ疑いの眼差しを向けられていることも、セリスにとっては大したことではない。命を狙われること自体は日常茶飯事であるし、レヴィンやオイフェの「シグルド(様)は親友をその手に掛けてはいない」という言葉を信じているからだ。誤解はいつかとけると、そう考えている。楽観的だが、そんな図太さがなければ一団の主導者など務まらないだろう。
 問題は、遙か高見から自分を見下ろす頭の位置だ。
 馬上から見下ろされたときには気付かなかったが、連れの踊り子と並んで立つ姿に確信した。そのまま自分と相対したその目線が、明らかに高位置にあるのがかなりカチンときた。共にいる踊り子が小柄なため相対的に大きく見えるのではない。
 彼は――黒騎士と渾名される亡きノディオン王の遺児アレス王子は。
 非常に、長身な男だった。


 
 ティルナノグの隠れ里で、セリスは年の近い子供達に囲まれて育った。
 セリスの年齢は、兄弟同然に育った「英雄の遺児」たちよりは若干上だ。従って彼は、皆の「兄」として振る舞うことを期待される。
 そして幼い日々、セリスは立派に「兄」を勤め上げた。
 崩れたのはいつ頃だろう。
 帝国の対抗勢力を率いることを期待され、その心構えを説かれるようになり、己でも自覚するようになった。馴れ合いはいけないと考え、距離を置くようにした。からではない。
 ある日セリスは気付いてしまったのだ。
 成長した幼なじみ達、レスター、デルムッド、スカサハ、そしてラクチェまでもが、自分を見下ろしていたことに。
 引きつりつつ平静さを保っていたセリスだったが、あるときエーディンに心配された。なにかあったの、と。優しく。セリスは躊躇った後に、心情を吐露した。
「僕も背が伸びるよね」
 曖昧に笑ったエーディンは、曖昧に笑ったまま退場しようとする。セリスが縋るような目を向けると、あらぬ方向を向いたまま、こういった。
「セリスのお父さまは背が高かったけど、お母さまは小柄な方だったのよ」

 ああ、嫌なことを思い出してしまった。
 セリスは軽く頭を振る。
 とにかく今は、この目の前にいる男のことだ。
 傭兵家業で身を立て、傭兵団で揉まれてきた。魔剣ミストルティンを振るい、アグストリア縁の者はもとより、十二聖戦士再臨を夢見る一般民衆へのアピール力は絶大。
 解放軍盟主としてのセリスは、アレスを味方に抱き込むことによって得られるメリット、拒絶することによるデメリットを冷徹に計算する。寝首をかかれることを警戒する自分の精神的苦痛より、得られるものの方が遙かに大きい。単純に戦力としても、それ以外でも。
 にこやかに。
 セリスは手を差し出した。
 仏頂面のアレスも、手を差し出す。
 シェイクハンド。遺恨は保留し、協力し合おうという誓いの握手。
 その手に思わず力が入る。
 ああ腹が立つ。恵まれた長身。威風堂々たる姿。更に。ああそうだ。これが腹立たしさに拍車をかける。寄り添う華奢で可憐な、少女の存在。
 いつかぎりぎりと、力比べのように手を握り合っていた。
 怪訝そうに、オイフェに声をかけられるまで。
 ひりひりと痛む手に手袋越しに息を吹きかける。アレスのバカ力。涙目になったセリスは考えた。ドス黒く。いじめてやりたい。屈辱を味合わせてやりたい。悔しがらせたい。なにが一番ダメージになるだろう。セリス自身の評判を落とさない範囲で。
 横目でアレスを伺うと、初めてみる優しい表情で踊り子と話をしているのが目に入った。
 踊り子の緑の髪がしゃらんと揺れる。確か、リーンといった。綺麗な名前だ。
 セリスは思った。
 アレスから、リーンを奪ってやる。



 アルスター城。
 アレス王子の参戦、リーフ王子率いるレンスター軍の合流、そしてアルスター、レンスター両城の奪回で、収穫祭と新年祭が一緒に来たように解放軍は沸いていた。
 そんな中、セリス、レスター、デルムッド、スカサハの四人は、会議室として徴収した一室にたむろしている。
 セリスは窓越しに中庭を見下ろしていた。
 壁にもたれ、周りに威圧感を与える黒い甲冑の青年。
 その視線の先には。
 長い布を風に遊ばせくるりと舞う少女の姿がある。
 しゃらん、しゃらん、と響くのは、手足首に付けた鈴の音だ。高い位置に結った緑の髪と、ピンク色のリボンが彼女の動きに合わせ揺れる。
 音楽が、聴きこえるようだった。

「セリス様?」
「えぁ?!」
 いきなり振ってきた声に、思わず素っ頓狂な声を上げた。
 慌てて振り返ると、レスターが苦笑している。デルムッドとスカサハも、自分に注目していた。
 こほん、と一つ咳払い。平静に戻り。
「ああ、すまない。考え事をしていたようだ。なんだい、レスター」
「ここらで一つ慰労の意も込めて祝宴でも開きませんか、といったんですよ」
 レスターはセリス越しに外の情景を一瞥し、肩を竦める。
「ああ、うん。祝宴、祝宴ね。いいんじゃないかな。レヴィンには調子に乗るなとか怒られそうだけどさ。いいと思うよ、うん。たまには息抜きをしなくちゃね。仲間もずいぶん増えたし、歓迎会も兼ねようか。レンスター軍の面々なんかわたしもまだ覚え切れてないし、いっきに紹介してもらおうかな。それから」
「セリス様」
 レスターが、セリスの言葉を遮った。怪訝そうな視線から、セリスは思わず目を逸らす。しまった、饒舌すぎたか、と失態を悟りつつ。
 差し出がましいようですが、との前置き付きで。
「このところなにか考え込んでおられるようですが、なにか悩み事でも」
 レスターの言葉は直球だった。
「ああ、恋の悩みだな、それは」
 茶化すように話に参加してくるデルムッド。
「デルムッド」
 幼なじみモードの口調をレスターは窘めるが。
「恋人がいる緑の髪の女の子を好きになってしまったけどどうしたらいいんだろう、とか」
 デルムッドは一気にいって、言葉を止めた。どう? というようににっと笑って。
 それは図星にごく近かった。
「なんだよその具体的な喩え話は」
 観念したセリスは、拗ねたようにつっこんだ。
 
 簡単な話である。
 リーンを奪ってやる、と決意したものの。
 具体的にどうすればいいのか、セリスは全く思いつかなかった。
 自慢じゃないが恋愛経験などない。全く無縁だ。
 見た目よし家柄よし性格よし、少なくとも外向きには。更に過酷な運命を背負いその筋へのアピールもバッチリ。もてる要因は過剰なほどにある。ありすぎて気後れされてしまうほどだ。
 ただ、機会と余裕と意欲がなかった。
 なくても別に問題はなかった。ない方が対外的にイメージはよかったし。全精力を対帝国・対ロプトに傾けるストイックな解放軍盟主。

 バレているなら――全部じゃないけど――仕方ない。
 セリスは腹を括り、気の置けない幼なじみ達に相談などをしてみる。
「申し訳ないのですが……」
「恋愛経験皆無なのは俺達も一緒だ」
「自信たっぷりでいうことじゃないぞ、デル」
 上から、レスター、デルムッド、スカサハの言葉である。
「…………ごめんね」
 セリスは思わず謝った。
「こういうことは女の子に聞いてみた方がいいんじゃないかな、ラナとか」
 続けてそんなふうに提案したのはデルムッドだったが、それは即座に遠慮した。
 基本的には穏やかで可愛い幼なじみのラナだが、彼女はなんというか洞察力に優れていた。おまけに、野生の勘がやたら働くラクチェが一緒にいることが多い。彼女たちに自分の邪な本音を隠し通す自信は、セリスにはなかった。
 
 宴の準備のため三人が退出した後。
 セリスはよきアドバイスをしてくれそうな人物について検討してみた。
 年の功の三人は、怒られるかバカにされるかしそうだからちょっと避けたい。だいたい子守で青春を散らしたシャナン辺りはレスター達と同類項だろう。
 検討できそうな人間自体がそもそも周囲に居ないという事実に気付いたのは、その直後のことである。



 うーん、と腕組みして闇雲に歩きまわっていたところ。
「セリス公子」
 食堂にさしかかった辺りで、呼び止められた。
 振り返ると。ドズルの王子ヨハンと、そしてユリアがいる。
「やあ、珍しい組み合わせだね」
 にこやかに声をかけると、ユリアはそうですか、と微笑み、なぜかヨハンは引きつった。
 祝宴の支度はまだ伝達段階なのか、一番の戦場になるはずの食堂は今のところこの二人しかいない。
 セリスは、今後の予定を二人にざっと伝えておくことにした。おそらくここは最も人口密度の高い地帯になるから、静かに過ごしたいのなら移動した方がいいと思うよ、と。
 話している途中で、ふと思いついた。
 目の前にいるヨハンは、別名を愛の伝道師。数少ない「そういうこと」に一言を持つ人物かもしれない。ユリアにしても、おっとりし過ぎのきらいはあるが、「女の子」。むしろおっとり加減が今は都合がいい。
 なら支度の手伝いをしてこようか。そういって立ち上がろうとするヨハンを、セリスは止めた。
 少し、いいだろうか。一段低く静かな、改まった調子のセリス。
 おもわずヨハンは居住まいを正す。ユリアも、首を傾げつつ背筋を伸ばした。
 セリスは、一般論なのだがとごまかしながら、目下の悩み事――自分を眼中にない少女を振り向かせるにはどうすればいいか――を二人に語りだした。

 全て話し終わった後。
 ヨハンとユリアは仲良くテーブルに突っ伏していた。
「ど、どうしたんだ二人とも!」
 慌てるセリスに、ヨハンはゆっくりと身を起こす。
「い、いや、少し、その……そう、驚いてしまって」
 ぼそぼそと、ヨハンは答える。弁の立つ彼には珍しいことである。
 ユリアは、なにもいわずふらと立ち上がり、厨房の方へ消えた。
「セリス公子も…………あー、ふつうの男だったのですね」
「どういう意味かな」
「いや、他意はないですよ」
 いいながら、ヨハンは調子を取り戻してきたようである。
 そこへ、ユリアが戻ってきた。自分たちのお変わり分と、セリス用のお茶持参で。
 どうぞ、とさしだされたカップを受け取り、口を付ける。
 赤褐色の液体。茶葉はアルスター城の厨房に備え付けのものを使用したそうだ。恐らく、料理人達が休憩時に飲んだのだろう。
 茶葉の入っていた缶には銘はなくて、というユリアに、アルスター近くの村でとれるお茶に同じ香りのものがあったと記憶しているから恐らく地場産のものだろう、とヨハンが答えている。
 そのままお茶談義に雪崩れ込みそうな気配に、セリスは軽く咳払いをした。

 なにもしないでも大概の女性はセリス公子に好意を持つでしょう、で誤魔化そうとしたヨハンを軽くいなし。セリスは、例えばどんなことをすれば女性の心を掴むことが出来るだろうか、と。ずい、とヨハンに迫る。
 優しくする、いいところを見せる、あるいは贈り物をする、あるいは。いかにもやっつけという感じを隠そうともせず、ヨハンは一般論を語る。投げやりともいう。イマイチだなと思いながら、セリスは相づちを打っていた。
「あるいは物語などでは、危険から救ってくれた者に女性が心を奪われる、などはよく見られますね」
「ふむふむ」
「まあ、街でガラの悪い者に絡まれる、から、妖獣に攫われる、まで危険も様々ですが」
 想像してみる。
 怪物に攫われたリーンを、艱難辛苦を乗り越えて救いに行く自分。なにか激しく間違っている。
 街でチンピラに絡まれるリーン。颯爽と現れチンピラを叩きのめす自分。ありがとうございます、セリスさまってお強いんですね。いやいや、それほどでも。
 ――あまりの陳腐さに目眩がしそうになった。だいたいそう都合よくそんな場面に出くわすわけもなく、もし出くわしたとしても高い確率でチンピラを叩きのめすのはアレスだ。わざわざライバルの株を上げてどうする。
 そもそも大きく論点がずれてきていることには気付いていないセリスである。
 そこへ、ユリアがぽつりといった。
「――意外な一面を見ると、深く印象に残りますよね」
「うん?」
 揃って目を向ける。ユリアはゆっくりと、
「いつも陽気な人が、ふっと昏い表情を見せたり。気難しくて顰め面の人が、笑顔だったり。誰にも頼られるしっかりとした人が、弱音を吐くのを聞いてしまったり。そんなとき、強く印象に残って、気になって」
 こく、とお茶を一口飲み。
「そんな風にして、人を好きになることって、あると思います」 
 どうでしょうか、といいたげに首を傾げる。
「意外な一面、ねえ……」
 その言葉はなにか響くものがあった。セリスは腕組みして考え込む。自分の対外的イメージはなんだろう。沈着冷静品行方正明朗快活神出鬼没。ちょっと間違っているものが混ざったがだいたいそんなところだろう。我ながら非の打ち所のない貴公子ぶりだ。
 けれど――そうだ。
 うんうんと頷き、セリスは立ち上がる。
 驚いたように見上げるヨハンとユリアににっこり笑みを見せ、
「ありがとう。随分参考になったよ」
 そういい残して、セリスは食堂を後にした。
 唖然とそれを見送ったヨハンとユリアは。揃って肩を竦め、それから、宴の準備を手伝いに行こうかと、同じく食堂を後にしたのであった。

つづく

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