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「コンプレックス167」 (後)
夕刻より始まった祝賀会兼歓迎会兼親交会であるところの夕食会は、宴もたけなわの頃合いにあった。
余興の一つとして、アルスター城付き奏者の演奏をバックにその舞踊を披露したリーンがぺこりと頭を下げる。満場の拍手に包まれながら、リーンは急拵えの簡易な舞台を降りた。
「お疲れさま、リーン。素晴らしかったよ」
流石に疲れたのだろう。上気した頬でふらつくリーンに、セリスがその手を差し出す。
「ありがとうございます、セリスさま」
リーンは遠慮なく、その手を取ることにした。
そして、ついと周囲を巡らす。いつも自分を見守ってくれる騎士の姿がない。あれ、どうしたんだろう。
「どうしたんだい?」
「あ、ごめんなさい。あの、アレスを見ませんでしたか?」
「ああ、彼なら、ほら」
セリス伸さす方向に目を向けると、人々に囲まれるアレスの姿があった。傍らに立っているのは、デルムッド。アレスの従兄弟であると聞いた。青髪の青年はデルムッドの親友のレスターだろう。リーフ王子や、リーフの腹心でデルムッドの妹であるナンナの姿もある。つまりあれは、アレスの親戚と、その友人達の輪といったところだろうか。
だから、アレスの表情はあんなにも柔らかなのね。
いつも通りの仏頂面だが、付き合いが長いリーンにはわかった。アレスはくつろぎ、楽しんでいる。
自分が長い時間をかけて引き出せた表情を一瞬でとらせた彼らには、嫉妬にも似た思いを感じる。血縁というものは、それほどに大きなものなのか。寂しさを感じた。けど、それ以上に嬉しい。
自然と、笑みがこぼれた。
ふと。セリスが自分を不思議そうに見下ろしているのに気付く。
どうしたんですか?
怪訝に思って、素直に尋ねた。なんだろう、なにか変なことをしてしまっただろうか。
「いや、なんでもないよ。ところで、」
セリスは穏やかな笑みで、リーンと話をしたいと思っていたんだ、といった。
セリスの立場には気後れを感じないでもないが、誰にも分け隔てなく気さくに接する姿には好感を持っていたし、だいたい多忙な彼と話をする機会なんてこれを逃したらもう巡って来ないかも知れない。
そんな風にリーンは考え、それじゃあ夜風に当たりに中庭へ行きませんか、とセリスを誘った。
建物からこぼれる明かりと月の光で、中庭は思いのほか明るい。
「改まるとなに話せばいいのかわからなくなっちゃいますね」
苦笑しながら、たわいのない話から始める。
ちゃんとした演奏の前で踊るのは初めてだから少し緊張した、とか、そんな話。
「不思議だね、って、パティと話したことがあるんです」
ふと、思い出した。
なんとなく気が合って仲良くなったパティと、ついこの間話したこと。
バーハラの事件とそれにまつわる様々な物語。身を寄せていた芸人一座の者が悲劇として語るのを、リーンは聞いた。不思議に惹かれるものを感じ、同じ話を何度もせがんだものだ。その子供達が、セリスの元に集まっている。運命に導かれるように。
あたしもその一人とわかったときは、ホントびっくりしたけどね。どこか嬉しそうに笑ったパティは、ラナ達の従姉妹だと判明したばかりだった。
「なにか不思議な、絆みたいなものがあるんだろうなって。――そうやって、たくさんに人を惹きつけるセリスさまって、なんだか羨ましい」
「――そうかな」
返ってきたのは、静かな声。
「セリスさま?」
なにか、変なこと――まずいこといっちゃったかな。沈んでしまった雰囲気に、気分が落ち着かない。
どうしよう、と。困惑するリーンに、ぽつりとセリスは話し出した。
――曰く。
確かに自分は多くの者に慕われているし、多くの者が周囲に集う。けれど。彼らが求めるものは、果たして本当に自分なのか。彼らが求めているのは解放軍の旗印に都合の良い、悲劇の主役の遺児である公子であり、セリス自身を見ているわけではない。
更に、立場もなにもはっきりしなかった頃から一緒に育った幼なじみ達は、周りに示しが付かないからとセリスから距離を置くようになった。
尊敬や敬意、そんな感情は向けられていても、心を許しあう存在がない。
「――周囲に人は大勢居ても、わたしは孤独なんだ」
そういって、寂しげに笑う。
リーンは。
腹が立っていた。ちょっとムカムカしていた。
それで。
「セリスさまったら、甘えんぼさんなのね」
つんとして、そういってしまっていた。
セリスは困惑していた。
リーンからアレスを引き離すことについては、デルムッドが任せろと請け負ってくれた。従兄弟も大事だけど幼なじみの親友も大事だ、第一、面白そうだし。そういってにっと笑ったデルムッドは、会ったばかりの妹を巻き込んでアレス王子を囲む会をあっさり形成する。
リーンの友人で同じく踊り子のレイリアには、さらなる余興を依頼したので準備に奔走されているはずだ。
そうやって邪魔者を周到に排しリーンが踊り終えるのを待ったセリスだが、余所にあって談笑しているアレスの姿を嬉しそうに見るリーンにはなにか違和感を感じた。恋人が自分を待たず他のものとあるのだから、疎外感や嫉妬など負の感情を現すと予想していたのだけど。
不思議な感情でリーンを見下ろしていると、どうしたんですか、と怪訝そうに尋ねられた。
なんでもないよ、と誤魔化し。違和感も取り敢えず払拭する。
話をしたいと思っていた、とストレートに述べ、二人きりになることには首尾よく成功した。
後は、自分の不幸っぷりをアピールして同情をひけばいい。
我ながら情けない作戦だが、自分のイメージを損なわない範囲で動くにはこれしかないと思う。
不幸といっても身の上話については洒落にならない上に、同様の者は周囲にごろごろしているので今更同情もない。
いろいろ考えた末、自分は本当は孤独な人間である、に決めた。周囲に多くの者が集い慕われているけれど、心の底では孤独を感じている、という設定。「けど、実は」ってあたりで「意外な一面」をクリアだ。それで、わたしが孤独感を癒してあげたい、とか思わせれば完璧。
そう、計画通り、完璧に進んでいたのだ。
ところが。
「セリスさまったら、甘えんぼさんなのね」
リーンは怒ったように、自分を睨めあげている。
いや、ように、じゃない。怒っている。
一体なにを間違ったのか。とっさに反応できず、ぽかんとしたままのセリスの耳に、リーンの更なる言葉が入った。
「自分がどんなに恵まれてるのか、全く理解していないなんて。ずるいわ」
「ず、ずるい?」
「ホントウの孤独なんて、そんな風に愚痴れるようなモノじゃない」
その声音は、初めて聞くものだった。こわばっていた。
リーンはセリスに背を向ける。
「不幸自慢したって不毛なだけだからなにもいわない。でも、そういうことは、いう相手を選んで下さい」
途端、思い当たった。
リーンは孤児だ。
孤児自体は解放軍内では珍しいものではない。かくいうセリスも孤児だし、幼なじみ達もレスター、ラナ兄妹以外は皆孤児だ。
だが、セリス達には、無条件に愛情を注いでくれる大人達が居た。護ってくれる者達が居た。
リーンは。孤児院で育ち、早々にそこを出てからは一人で生きてきたのだという。アレスやレイリア達と出会うまでは、たった一人で。
「あたし、中に戻ります」
リーンはセリスを振り返らないままいった。
そうして数歩進み。
くしゅん。
小さくくしゃみして足を止める。
「リ、リーン」
セリスは我に返って、慌ててリーンを追いかけた。
「ごめん、リーン」
自分のマントを外し、彼女の肩に掛けた。
「本当に、ごめん」
それしか言葉が出なかった。
そのあと、中庭に設えてあった椅子に腰掛け。本当にたわいのない話を少しした。
リーンが屈託なく笑うのを見てから、宴がお開きになる前に戻ったほうがいいね、とセリスは立ち上がる。
「そうですね」
同意して同じく立ち上がったリーンは、マントを綺麗に畳んでセリスに渡した。
「ありがとうございました」
「ううん。それより、風邪をひかないように気を付けてね。具合が悪くなったら、我慢しないでいうんだよ」
リーンは、子供じゃないんですよ、とくすくす笑う。
そして。
「あのね、セリスさま。さっきはごめんなさい。その、機会があったらまたお話ししてくれると、嬉しいです」
ぺこり、と頭を下げ。
じゃあ先に戻りますね。そういって、リーンは城内に入っていく。
それを見送ってから、セリスは再び、腰掛けた。
受け取ったマントを見下ろす。
――もっと彼女と話したいと思った。自分のマントにくるまって、くすくす笑う彼女をもっと見ていたかった。もっと。
そんな感情が沸いてくるのを、止めることができない。
アレスのことはもうどうでもよかった。
ただ、リーンが欲しいと思った。
けれど。
壁は大きいなあ、いろいろな意味で。
己の道行きは甚だしく前途多難っぽい。暗雲垂れこめる茨の道が容易く予想できて、セリスは深いため息をついた。
もどる。 えんど。 おまけ。
20020201
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