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「コンプレックス167 おまけ」


 「セリスさま、お話があるのですが、お時間宜しいですか」
 そんな風にラナとラクチェがやってきたのは、レンスターへ派兵する部隊の選別をし終えたときだった。
 会議の面々は既に退室し、会議室に残っているのはセリス一人。明らかにそのタイミングを計っての訪問である。
「うん? いいよ、なんだい」
 どこか不穏な空気を感じるものの、気にしないようにしてセリスは軽く先を促した。
「リーンのことです」
 ラナの口から、最近友人と呼べるくらいは親しくなれた少女の名前がこぼれる。
「今朝方、わたしたち食事当番が一緒になって、いろいろ話をしました」
「うん」
「それで、すっかり打ち解けあえたのですけど。一つ、面白い事柄を聞きまして」
 ラナがずいと迫り。
「な、なんだい」
 迫力におされ、セリスは気持ち後退る。
 ラナは、にっこりと、笑っていった。

「セリスさまが、わたしたちの態度によそよそしさを感じ寂しがっているというのは、一体どういうことですか?」

 嫌な予感は、往々にして、当たる。



 ――あたしがいうのは差し出がましい気がするんだけどね。
 と。リーンはそういったのだという。セリスさまは寂しがってらっしゃるみたいよ、立場に配慮し距離をとられてしまったって、と。

「それを聞いて、わたしがどんなに情けなく思ったか、セリスさまわかりますか」
「ち、ちなみに、どう答えたんだい」
 それにはラクチェが答えた。
「ラナってば上手いんですよー。わたしは、ええ、うそっ、っていいそうになったんだけど。ラナがそれ遮って、気遣いすぎて大事なものを見失ってしまうところだったわ、ありがとう、気を付けるね、って」
「そ、そうか……」
 あからさまにほっとした。よかった、リーンには嘘だとばれていない。
 しかしセリスは、続くラナの言葉にある意味窮地に追い込まれることになる。

「セリスさま、大体の概要は予想が付いているので結構です。ただ、一つ確認させて下さい。
 ――純粋に、リーンのことがお好きなんですよね? アレス王子に嫌がらせしてるだけじゃないですよね?」

 「ななななななぜそれを!」
 反射的にいって、慌てて口を塞いだ。
「なぜ、それを?」
 すう、と細められたラナの目と、低い声で繰り返された言葉が痛い。
「その慌てぶりから察するに――」
「やっぱりアレス王子に嫌がらせしようとしてたんだ」
 ラナの洞察力とラクチェの勘の無敵のタッグ。
 これは、誤魔化しきれない。
 悟ったセリスは。逆切れした。

「だって、アレスは僕より頭二つ分も背が高いのに、可愛い彼女まで居るなんてずるいじゃないか」

 黒羽の鳥が独特の鳴き声を上げて通り過ぎていったような気がした。平たくいえば、アホウ、と。
 しばらくの沈黙の後。
「……セリスさま……やっぱり……まーだそのこと気にされてたんですね」
 ラナが疲れたように頭を垂れ、
「男の価値は身長じゃないですよ」
 ラクチェが明るく慰めの言葉をかける。
 セリスは恨めしげな目線を二人に向けた。
「そんなこというけど、ラクチェ、オイフェだって背が高いじゃないか」
 ぐ、とラクチェが言葉に詰まる。
 ラクチェはオイフェに思いを寄せていた。
「ラクチェ。ラクチェはオイフェさまの身長を好きになったわけじゃないでしょう? そんな言葉で怯んでどうするの」
「あ、そうか」
「もう、仕方ないわねえ」
 ラナは小さくため息を付き、
「あのね、セリスさま。確かにオイフェさまは長身な方だけど、背が低くたってラクチェはオイフェさまを好きになったわよ」
 ラクチェは、うんうん、と同意する。
「そんなの、わからないじゃないか」
 しかし、セリスは完全にいじけていた。「言葉ではなんとでもいえるよ」 そういってそっぽを向いたりする。

 こういう楽しい一面が見られるのは、ラナもラクチェも正直嬉しいことではあった。完璧な聖人君子、方向品性沈着冷静な解放軍盟主ではない、幼なじみのセリス。大切な親友のセリス。

 だから、彼がアレスを目の敵にすること事態は、楽しい余興として観賞できた。セリスがどう見ても空回りしているという事実も含めて、温かく見守られる。

 けど。

 新しい友人、愛すべき踊り子のリーンが傷つく事態だけは、許すわけにはいかない。
 なんだかんだいって実はしぶといセリスより、けなげなリーンを優先して考えるのは仕方のないことだろう。ラナもラクチェも、自分たちより年下で寄る辺ない環境の女の子が悲しむ姿は見たくないのだ。まして、それがセリスのせいなら。
 だからラナは、クギを差しておかなくちゃ、と強く強く思った。

「セリスさま」
 いつになく厳しい声音名を呼ばれたセリスは、いかにも渋々といったていで振り返った。内心はびくびくだったが。
 ――ひょっとしてラナを本気で怒らせてしまった? 僕は彼女たちの言葉を突っぱねすぎてしまっただろうか。
 ラナは普段は穏和だが、怒るとけっこう恐い。
「セリスさまが一人でいじけるのは構いません」
 さらりと酷いことをいわれているような気がするが、ツッコミを入れることなくセリスは神妙に頷く。
「けど、それにリーンを巻き込むことによって、彼女が傷つくことになるかも知れないとは考えらなかったのですか?」

 大変痛いところをつかれていた。しかも、ちょっと手遅れなところもある。
 ここで下手な答えをだすと、ラナに怒られるどころでは済まないと確信した。正念場だ。

「……た、確かに最初は思い至らなかった。それについては自分の迂闊さをきっちり反省している。本当だ」
 ラナの真っ直ぐな視線を、真正面から受け止める。
「僕はバカだった。それは否定しない。でも、今は違う。――僕は、」

 ラナの雰囲気が、不意に和らいだ。
「わかりました、セリスさま。そのお言葉、信じます。
 ――けど、これだけは覚えておいて下さい。リーンが泣くようなことになったら……セリスさまといえども、容赦はしませんよ?」
 目は笑っていない笑顔のラナ・立案担当と、同意するように頷くラクチェ・実働部隊。
 幼なじみ達のチームワークのよさを誰より理解しているセリスは、何度も何度も、縦に首を振ったのだった。



 その頃、食堂にて。
「最近セリスと親しいようだな」
 アレスの言葉に、向かいに座り頬杖を付いていたリーンは頬を朱に染め頷いた。
「お優しい方よね。あたしみたいな踊り子にもいろいろ気遣ってくれて」
「それだけではないようだが」
「そうかなあ」
 一瞬にやけかけ、そしてぶんぶんと首を振る。
「ダメダメ。自惚れて期待しちゃったら、あとで辛いもん」
「そんなに卑下するな」
「だって。あたしは卑しい踊り子よ。こうやってみんなに親しくしてもらうのだって、本当は身の程知らずなことなんだから」
「自分の職業に誇りを持っているんじゃなかったのか」
「持ってるわよ。でも、世間はそうは見ない」
「世間がなんといおうと構わんだろう。少なくとも、セリスは気にしないと思うが」
「うー……」
 言葉に詰まり、目を伏せた。
「一度は殺そうとしていた俺がいうのもなんだが、セリスなら安心しておまえを預けられる男だと俺は見込んでいるんだがな」
「アレスの人を見る目なんか信用できないー」
「……実は俺もだ」
 そういって、アレスは笑い。
「もう」
 リーンは怒ったふりをして、つん、とそっぽを向く。
 けど。
「冗談はさておきだな、リーン。身分がどうこういうやつがいたら、ノディオンの王子が後ろ盾だといってやればいい。おまえは俺にとって、大事な妹みたいなもんだ。気後れなどすることはない」
「アレス……ありがとう。大好きよ」
 アレスの精一杯の思いやりは素直に嬉しくて、リーンは頷き笑顔を見せた。

 こんな会話が交わされていたのをセリスが知るのは、もう少し後のことになる。

 

もどる。 えんど。

20020201

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