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「まもってあげたい」 (前)
ラドネイは、イザーク王家の忠臣の娘だった。
シャナン王子や故国を追われた英雄の遺児達と共にティルナノグで育ち、やや年長なため遺児達に姉と慕われた。
そして、実際は二つ、三つ違うだけなのだが、ラドネイは彼らに応えるように振るまい、面倒を見たり、時には叱りとばしたりした。
長じてからも、それは変わらなかった。
兄ロドルバンや、共にティルナノグで育ったトリスタン、ディムナは、いつか彼らに臣下の礼を取って接するようになった。
ディムナの妹マナは、元々が内気なたちであったので、彼らに馴れ馴れしく接することが出来ないでいた。それが、兄たちの態度に更に強化されたように思う。セリスに対する憧れは相変わらずのようだが、それまでは幾分親しげであったラナやラクチェにまで緊張するようになり、態度は自然、よそよそしいものになった。
けど、ラドネイは変わらなかった。
かつての身分がどうであれ今は立場が同じなのだから、という思いは少しある。身分に迎合し頭を垂れるなど嫌だ、という反発もあったかもしれない。
態度を変えたマナに、哀しそうな顔をしたラナとラクチェを見てしまったから、かもしれない。
けど、本当の理由はわりとしょうもない。
ラドネイは、兄たちを見習い、自分も態度を改めるべきだろうかと考えたことがあった。
そして、実行してみたことも。
居合わせたものが悪かった。
デルムッド。
グランベルの、イザークではことさら忌まれるドズルの公子と、ノディオンの姫君との間に生まれた騎士。の割に、萎縮することなく飄々とした態度を常に崩さない少年。
そのデルムッドが。
笑った。爆笑した。そして、
「ラドネイねーさん、なんかワルイモン拾い食いでもしたの?」
いうに事欠いて。
ラドネイはわなわなと震え。
「こンの、おばかっ!」
思い切り怒鳴って、気付いたときには手にしていたお玉を振り上げ(夕食時であった)逃げるデルムッドを追いかけていた。
それきり、ラドネイはタイミングを失い、態度を改めることが出来なかったというのが正しい。
けど。手からすっぽ抜けたお玉が前方を駆ける少年の後頭部にヒットし、やけにいい音が辺りに響いたとき。なんとなくホッとしたもの、確かだった。
そして聖戦が始まり。軍にあって、公務中などを除き、彼らとラドネイとの気安さは、変わることがなかった。
イード砂漠を越えメルゲン城を落とした解放軍は、更なる行軍準備に追われていた。
アルスターに攻め入り、ブルームを討つ。しかし、北にあるダーナも不気味な沈黙を保ち、大きな後顧の憂いだ。防衛のためにも多くの人員を削さくか、それとも憂い自体を絶つか。
セリスの判断は、憂いを絶つ、だった。例え眠った獅子を起こす行為になろうとも、いずれ絶たなければならない対象だと、そう思えたからだ。
戦力の乏しい現在にそれを行うべきかどうかという意見もあったが、レヴィンの情報によるとダーナは一城の防衛にしては明らかに過剰な戦力を集めているという。
解放軍の行動に合わせ、なんらかの動きを見せる可能性は高い。そのなんらかが、解放軍に対して益ではないことも。
アルスター、そしてその先はレンスター。
レンスターには、母と妹が居るんだ。そう、デルムッドがいっていたのを、ラドネイは思い出していた。
アルスター攻めに加われば、デルムッドは母や妹との距離が縮まる。直接的に、力になれる。だからきっと、アルスター攻略部隊に希望するんだろうな。
そう、思っていたのだが。
「ラドネイねーさん、オレ、ダーナ部隊になっちゃった」
肩を竦めるデルムッド。
軍師直々に、ダーナ攻略に行って貰えまいかとの要請があったのだそうだ。
――思うところがあるのだ。杞憂ならよいのだが。
「軍師殿がこういうもののいい方をするときは、結構重要なんだよな」
付き合いの長さからいい加減読めるのだろう。
「ま、仕方ないか」
そういって苦笑して見せた。
メルゲンとダーナの間には見通しのいい平原が広がる。逆にアルスター側は入り組んだ地形だ。
その地の利を生かすために。
ダーナ攻略部隊は機動力を重視した騎兵中心に、アルスター攻略部隊は歩兵中心に編成された。
だから、騎兵のディムナとトリスタンがダーナ部隊なのは理にかなったことではある。
しかし。
歩兵だがダーナ部隊に編成されたラドネイは、皆が集合しているダーナ側の城門前控えの間に向かっていた。
すると。声が聞こえた。幼なじみの生真面目な騎士、トリスタン。
「我々はレスター様、デルムッド様の側にあって、お二人をお護りします」
と。そんな言葉を、発した。
そっと中を覗くと、不快感が現れるのを隠しきれないデルムッドが見えた。
それでも。
「お前らに護られるほど弱くないよ」
冗談めかして、たいそう失礼な言葉を返している。
しかし、ディムナもトリスタンもそれを失礼には取っていないようだった。それどころか、
「それでも盾にくらいはなれます」
至極真剣に、答えている。
ああ、もう。
「戦う前から盾になるとか悲壮なこといわないでよね。士気が下がっちゃうでしょう」
そういいながら、ラドネイは中へ入って行った。
「そうそうそう。ラドネイねーさんのいう通り」
茶化した口調で、デルムッドは便乗する。
「大体ダーナの日和見親父が掻き集めた傭兵だろ。トリスタンの出る幕もなく、俺とレスターとオイフェ様ですぱーっと片づけてやるよ」
「デルムッド!」
ラドネイは、強い調子で窘める。
「おばか! あんたがそういうこというからディムナ達が過剰に心配するんでしょう。もう、これだから放っとけないのよ」
「あはははは。ところでラドネイねーさんはどうしてここに?」
歩兵のほとんどはアルスター攻略部隊だから、ラドネイもそうだと思っていたのだろう。不思議そうな、疑問の言葉。
「わたしも、ダーナ部隊よ」
「え?」
「ダーナ部隊は騎兵中心だけど、歩兵が皆無な訳じゃないでしょう。ある程度までは歩兵も馬で移動するけどね」
歩兵は、馬上で戦う技を不得手とするだけで、乗馬が出来ないわけではないのだ。ただ。
「ラドネイ、一人で馬に乗れたのか?」
トリスタンの疑問に。
「う。……トリスタン、後ろに乗せてくれる?」
「俺の?」
渋るトリスタン。
「ラドネイねーさん、俺が乗せてってやるよ」
デルムッドがひらひら手を挙げ、ラドネイはちょっと悔しそうに、頷いた。
ダーナへ向けてしばらく。
斥候の天馬騎士・フィーから、先で戦っている者がいるとの報告があった。どうやら傭兵の仲間割れで、一人対多数で争っているらしい。
その、一人の様相を聞いて、オイフェは訝しげな表情になる。
金色の髪に漆黒の鎧、一介の傭兵の持ち物にしては不釣り合いな、畏怖さえ感じる美しい剣――
「フィー、デルムッド、それに――」デルムッドの後ろに座すラドネイに目を向け、「ラドネイ。わたしと一緒に来てくれ。黒装の騎士を助ける。レスター、お前は皆を率いてそのまま進んでくれ」
「オイフェ様?」
「お前達の姿に傭兵達は気を削ぐだろう。そこに、我々が奇襲をかける。頼むぞ」
レスターが頷くのを見届けると、オイフェは馬首を巡らせた。フィーとデルムッドがそれに続く。
平原に平行する崖道を、オイフェ達は駆けた。
その道すがら。
「オイフェさん、あの騎士を知ってるの?」
高い位置から傭兵達の様子を伺い舞い戻ったフィーが、緊張感を削ぐ調子で質問を発した。
「レヴィン殿から聞いたのだが……恐らく、アレス王子ではないかと思う」
「アレス王子?」
その名は聞いたことがある、と。ラドネイは記憶を掘り起こす。行方不明の、ノディオンの王子。デルムッドの、従兄にあたる。
ちら、とデルムッドの様子を伺う。顔が見えず表情が読めないのが、なぜか不安を呼んだ。
「俺の母上は、アレス王子を捜すためにレンスターへ行ったんですよね。それがどうして、ダーナなんかに居るんですか」
声音からは、なんの感情も読めない。
「それは……」喧噪が、間近になる。「本人に直接聞け」
そのままオイフェは、浅い崖を駆け下りた。
「わ、急に曲がんないでよ」
フィーが慌てたように天馬の手綱を引き、オイフェの後を追う。
「ラドネイねーさん、しっかり掴まってろよ」
そういって同様に手綱を引くデルムッドの声は、言葉面こそいつもの軽さだったが、少し硬く、ラドネイに届いた。
解放軍の姿に動揺を見せた傭兵団は、更なるオイフェ達の奇襲で混乱を極めた。
彼らを味方と認識した黒騎士は防戦から反撃に転じ、傭兵団の指揮官と思しき者はその相手で手一杯になる。的確な指示を失った傭兵達はまとまりを欠き、数に劣る解放軍の方が有利な戦況になった。
「デルムッド、ラドネイ、お前達はあの騎士を援護してくれ!」
オイフェの指示に、デルムッドは黒騎士に目を向ける。危機的状況は脱したとはいえ、いまだ孤軍奮闘状態にあり予断はならない。
「わかりました」
デルムッドは馬首を巡らせ、混戦の中へ駆け出した。
しかし。させじと追いすがる者に阻まれ、思うように進むことが出来ない。
「ここはわたしに任せて!」
ひらり。
ラドネイが飛び降り、大剣を構えた。
「けど」
「早く行って!」
一瞬の躊躇を見せた後、デルムッドは手綱を引き馬の腹を蹴った。
新手の出現に気を取られた傭兵は、黒騎士の剣に倒れた。
血塗られた剣を壮年の傭兵へ向けたまま、黒騎士はデルムッドを誰何する。
それには答えず、
「貴方はアレス王子か」
逆に、デルムッドは尋ねた。
「そうだ!」
短く、振り向くことなく答は返る。
そこへ、別の傭兵が剣を振り上げ突進してきた。
「話しは後程!」
デルムッドは傭兵の攻撃を受け流し、勢い余ったそれに剣を突きつける。
しばらく、激しい剣戟が続いた。
黒騎士――アレスが戦う傭兵団の指揮官と思しき男はかなり手強く、またそれを助けんとする傭兵が幾人も駆けつける。撹乱するオイフェ達や正面から対峙するレスター達にかなりの人数は引きつけられ、解放軍側が押しているのは確かだ。しかし、孤立し数に劣るきらいのあるここに限っては、楽観できる状況とは大きく隔たっていた。
しかし。
ラドネイが追いつき参戦したことにより、戦況は大きく変化した。
剣士一人の参入でパワーバランスはがたがたと崩れた。
戦況に希望を見出せなくなった幾人かは敗走し、なおも向かってくるものたちも動きに精彩を欠く。
油断が、生まれた。
一人の敵を打ち倒し、ラドネイは一息つく。
そこへ、伏兵からの攻撃があった。弓兵。最初の矢は右耳をかすった。次の矢は、剣で叩き落した。しかし、それで態勢を崩してしまう。連続して放たれる矢の早さに、ラドネイのスピードは追いつけなくなった。
致命傷だけは避けなければ。
弓兵を凝視したラドネイは――
「ラドネイ!」
――予想し得ない方角から、衝撃を受けた。
突き飛ばされたことに気づき、次に見えたものは。
地面に刺さる矢。
そして、デルムッド。矢に驚いたのか嘶く馬を制している。ラドネイを狙った弓兵の射線上で。
いまだ射手の間合いをとる弓兵が、再び矢をつがえた。
「ちっ」
舌打ちが聞こえる。このままでは、格好の的。ラドネイは思わず、強く目を瞑った。
しかし。
次に聞こえたのは、弓兵の倒れる声だった。
壮年の男を打ち倒したアレスが剣を投げ、それが命中したのだ。
その弓兵で、抵抗の意志ある傭兵は最後だった。
ふう、と。デルムッドはホッとしたように息を吐き出す。
それへ。ラドネイはつかつか歩み寄って、その前に立った。
「ばか!」
怒鳴った。
「わたしなんかかばわなくていいのよ! 余計な危険に身を晒さないで!」
ラドネイの声が、戦場に響く。
「余計なって、ひどいなラドネイねーさん。でも大丈夫だったんだからいいじゃん」
デルムッドが軽い調子でいなそうとするが。
「今回はたまたまでしょう? アレス王子がいてくれたから……もう、危ないことしないでよ。あんたは……」
「ラドネイねーさん?」
「あんたは、ここで死んでいい人間じゃないでしょう!?」
ラドネイのこの言葉に。デルムッドの表情がてきめんに曇った。
「……ラドネイまで、そんなこというのか」
つぶやく。
そこへ、アレスが。
「取りこんでいるところ悪いが、俺は一刻も早くダーナへ戻らなくてはならん。加勢してくれたことには礼をいう」
いいながら、馬首を巡らし進みかけている。
「待って下さい。俺も、一緒に行きます。
――ラドネイ。オイフェ様に、俺達はダーナへ向かったと報告してくれ」
デルムッドは剣を鞘に収め、アレスに続いた。
ラドネイは、砂埃を上げ駆けて行く二人の騎士を見送りながら。
デルムッドのよそよそしい口調と、硬く呼び捨てられた自分の名前に、なんとなくショックを受けていた。
つづく。
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