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「職業選択の不自由」


 光の皇子セリス率いる解放軍が旗揚げして間もない頃。
 イザークを占領するドズル軍との戦いは始まったばかりだが、ガネーシャ城を陥落させた今、彼らは束の間の休息をとっていた。
 戦いの末はまだまだ見えない。
 けれど、初めての大きな勝利に酔い、状況を楽観視し始めたのか城内の雰囲気は明るい。
 そして解放軍の盟主セリスは、浮かれすぎて油断するのはまずいが悲観視して士気が落ちるよりずっとマシ、とそんな風に判断し、特に苦言を呈することもなかった。
 
 
 
 セリスと共に隠れ里ティルナノグに育ち、共に進むことを誓い解放軍に参加した戦士達は、束の間の休息を思い思いに過ごしている。
 その中に、黒髪の、瓜二つの容貌を持つ男女が居た。
 二人はそれぞれ武具の手入れをしていたが、少女の方は手が止まっていた。
 少女――ラクチェは、銀の大剣を見つめたまま微動だにしない。
 彼女の隣で薬草の仕分けをしていた金髪の少女・ラナが、幼なじみの様子に気付き顔を覗き込む。
 
「どうかしたの?」
「うん……」
 
 ラクチェはいいよどむ。が、思い切ったように面を上げると、双子の兄スカサハの居る方に顔を向けた。
 
「やっぱりスカサハって剣士向いてないんじゃない?」
 
 しん、と場は凍り付いた。
 やがて、ぎぎぎぎ、と擬音付きのぎこちなさでスカサハが振り返った。手にはそれまで磨いていた雷の剣がある。
 
「そんなことは、お前にいわれなくても、わかってる」
 
 春先に山間部を襲う雪崩の地響きよりも低い声で、スカサハは唸った。
 険悪なムードにラナはおろおろと立ち上がり、兄レスターに視線を向ける。
――たすけて。
 目はそう訴えていた。
 戦場でセコく回収してきた矢の羽根を自軍の物に付け替えていた弓騎士レスターは、青ざめた顔を左右にぶんぶん振った。それから手を挙げオイデオイデをする。
――いいから避難してこい。
 ラナはコックリ頷き、その場からそそくさと退散した。
 スカサハはそんな幼なじみの挙動には気付くことなく、鍛え上げすぎて魂のこもった感のある雷の剣を握りしめた。
 
「ラクチェ、俺達の父さんは誰だ」
「ヴェルトマーの公子アゼル」
「父さんの職業はなんだ」
「魔道士」
「俺は」
「腕力と性格がそんな父さんそっくり」
「……」
 
 打てば響く鐘のように答える妹に、その兄は深く深くため息を付いた。そして、最後の質問を発する。
 
「その俺に剣の修行の相手をさせているのは、一体誰だ」
「わたし」
「…………そのお前が、いうなぁぁぁぁぁぁ!」
 
 スカサハは、キレた。
 
 
 
「やー、まいったまいった」
 
 兄から逃れ部屋の外に出たラクチェは、同様に脱出に成功したレスター、ラナ兄妹に向かってあっけらかんと笑った。
 
「まいったまいった、って、お前なあ」
 
 呆れたように突っ込みを入れるレスターに、ペロッと舌を出してみせる。
 中では脱出のタイミングを逃したもう一人の幼なじみ・デルムッドが、荒れるスカサハを宥めていることだろう。
 デルムッド、ファイト。
 ラナは小さく祈った。職業は僧侶だ。きっと効力はある。
 
「気にしてたんだな、腕力がないこと」
 
 レスターがぽつりといった。
 その兄の横顔を見ながら、かつてスカサハが深夜に腕立て伏せをしている現場に遭遇したことを、ラナは思い出した。鬼気迫る様子に、声もかけず逃げ去ったっけ。
 
「ったく。ラクチェ、お前余計なこというなよな」
「いや、だって、ねえ。でもホントはわたし、兄貴は剣技は秀でてるしスピードもあるし、これで腕力が揃えばいうことナシなのにな、っていおうとしたのよ」
「それがなんであんな言葉になるんだよ」
 
 レスターは軽くラクチェの頭を小突く。
 
「なんか、つるっと口が滑っちゃった」
「滑らすな」
「でも兄貴、あんなに怒るなんて思わなかったぁ。いつもはぼーっとしてるのに」
「あのなあ」
 
 実の兄に対する容赦のない評価に、レスターは苦笑した。
 
 
 
 自分より腕力に勝るデルムッドに押さえ込まれ、スカサハはひとまず落ち着いた。
 
「考えてもみろよ」
 
 押さえ込んだ姿勢のまま、デルムッドはいう。
 
「お前は確かにラクチェや俺達より腕力はない。けど、お父上が残してくれたっていうその剣があるじゃないか」
 
 スカサハは憮然とした表情のままだ。
 
「それは魔法剣だろ。真価が発揮されるには、高い魔力が必須だって聞くぜ。つまり、剣士の技能と父譲りの魔力がある、お前だけが真に使いこなせる剣だってことだ。違うか?」
「……違わない、かな」
「違わないさ」
 
 押さえ込んだ手を離し、デルムッドは笑った。全く、世話が焼ける。
 スカサハはゆっくり立ち上がった。そのまま、妹たちが逃げていった扉に目を向ける。
 
「キレちゃってごめん。ラクチェ達にも……」
 
 後で謝っておかなくちゃ。スカサハはいいかけ、そして口をつぐんだ。
 
「どうかしたのか?」
「……魔法”剣”じゃなくて、魔法そのものが使えた方が良かったような気がするんだけど、気のせいかな」
 
 言葉に詰まる。
 デルムッドはコホン、と咳払いし、
 
「ティルナノグには魔道士が居なかったしね」
 
 とだけ、いった。
 
 
 
 彼らが育った隠れ里ティルナノグは、隠れ里なだけあって人口はそう多くはない。
 その性格上訳アリの人間が多く集まっているが、ナゼか魔道士は居なかった。
 武術であれ魔術であれ、その技を修得するには師匠が不可欠だ。独学が全く不可能というわけではないが、限界があるだろう。
 幸いにも彼らの側には、騎士や剣士の技、僧の心得を説く師が身近にいた。しかし、魔道を教える者は残念ながら居なかった。
 
「……スカサハの父様が魔道士だったのだし、一度魔法を習ってみるって尋いたことあるの。エーディン母様、初歩の魔術なら心得ているから、教えてくれるわって」
 
 まだ廊下で立ち話を続けていた脱出組の、ラナが思い出したようにいった。
 
「でも、わたしやマナに混じって一人魔法を習うのはイヤって」
「女の子の中に一人だけってのが気恥ずかしい年頃だったんだよ」
「お揃いのリボンしようか、ってからかっちゃった」
「またお前か」
「そういうこといいたい年頃だったのよ」
 
 養母エーディンだけは、双子の片方は父親方の資質を受け継いでいるかも知れないし、長い目で将来を探っても良いのではないかと考えていたらしい。
 しかし、優秀な剣士であった母親似の容貌からか剣士の素質の方を過剰に期待され、更に「尊敬する叔母の忘れ形見を立派に育て上げる」という使命に燃えた従兄・シャナンによって、物心着く前から剣を握らされていた。
 エーディンは、まだ自身も幼いというのに懸命に子供達を指導しようとするシャナンの姿に何もいえなかったそうだ。
 その後魔法剣の使いこなし振りから魔力の可能性を示唆されるようになったが、本人からすれば「今更」というものだ。
 
「それに、兄貴そっちに取られちゃうとわたしの相手が居なくなっちゃう」
「シャナン様は」
「シャナン様しょっちゅう出かけてたじゃない」
「つーかわざわざスカサハ引きずり込まないで一人で修行してりゃいいだろ」
「剣はアンタの弓と違って相手が居ないと話になんないのよ」
「お前が未熟なだけ」
「うるさいなー。まあでも、兄貴には周囲の雑音を気にせず強く生きて欲しいよね」
「だからお前がいうなっての」
 
 幼なじみの少女剣士と兄はナイスボケツッコミかも知れない。ラナは二人の会話をききながら、ちょっとだけ、そんなふうに思った。
 そして通りすがりに彼らの立ち話を聞いてしまった盟主セリスは、やっぱりもうちょっと引き締めなきゃダメかも、と小さく呟いた。
 
 スカサハが、魔道士でありながら魔力よりも腕力に優れるココロの友・アーサー(&その相棒フィー)と出会うのは、この直後のことである。
 

えんど。

20000201

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