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「ショッピング」

 注意:うっとこのサイトのセティはブラギな人です。公式設定はフォルセティな人のようですが、わたしの頭にはかようにインプリンティングされてしまっています。「イヤン」と思っても諦めて下さい。


 「この杖を修理するには三〇〇〇〇Gの経費がかかるな」
 
 壊れた杖を検分した鍛冶屋の主の言葉に、セティは眩暈を感じた。
 三〇〇〇〇Gなどという大金が財布の中に存在しないことは、確認するまでもなく判っている。
「で、出直してきます」
 そういって、よろよろと店外に出るのが精一杯だった。
――お金の工面が着くまで、誰も「死なない」ことを祈ろう。
 天を仰ぎ息を吐く。ペルルークの空は、目にしみるほど蒼かった。
 
 
 
 ミレトス地方自由都市の一つ・ペルルーク。
 解放軍は次の行軍に供え、この地に留まって小休止を取っている。戦況は予断がならないものだが、それはそれとして兵士達は久方ぶりの平穏を謳歌していた。
 そしてそれは、聖戦士と呼ばれる英雄の遺児達も同じだった。
 
 商店の建ち並ぶ大通りを、一人の少女が歩いていた。真っ直ぐに伸びた褐色の髪にピンクの大きなリボンが映える。
 彼女の名前はデイジー。解放軍に参加している少女だ。
 先程までは、姉妹のように育った少女パティや、パティの従姉妹ラナも一緒だった。
――買い物がてら、デザートが美味しいと評判の料理店で食事をとりに行かない?
 そういい出したのは、兵士の一人からその店の評判を聞いたというパティだ。その場にいて、かつ特に予定が入っていないラナとデイジーが頷いた。
 しかし。ラナがハーブの店に捕まり、パティが小物の店に捕まり……際限なく待たせちゃうよ? その間デイジーもあちこち店のぞきたいよね。どうしようか……そして、待ち合わせ場所を決めて別行動することになったのだ。
 デイジーは露天商などをついと眺め、商品を手に取ったりしてみた。しかし、財布にまでは動かない。「これ欲しいな」よりも「必要は、ないかな」の方が優る。
 解放軍の台所はそう裕福ではない。
――そういうとこ、孤児院と変わらないんだよね。
 デイジーは苦笑する。
 パティと共に解放軍の財政管理を任じられてしまった身としては、私的な財布といえどその紐は固めがちなのだ。
 しょうがない、待ち合わせ時間までウィンドウショッピングに徹しよう。
 そう開き直ったデイジーは、次の露天商へ足を伸ばした。
 
 
 
 ふと。
 デイジーは店先で、見覚えのある人間が空を仰いでいるのに出くわした。
 新緑の短髪に白いマント――同じ解放軍のセティだ。
 マンスターの勇者。その称号は、マンスターの北に位置し、デイジーが育ったコノートにも轟いている。
 解放軍に同行してマンスターへ入ったデイジーは、そこで初めて見た「現物」が自分とそう年の変わらない青年だと知ってかなり驚いた。
 片や盗賊、片や勇者。
 盗賊であることを恥じてはいない。尊敬する「大兄さん」がパティと自分にだけ教えてくれた技だし、誤った使い道はしていないと自負できる。
 しかし、「勇者」に対しては気後れを感じた。世が世ならエッダの貴公子だと聞いて、更に引いた。
 もっとも、解放軍には「世が世なら」な人間はごろごろしていたのだが。デイジーと姉妹同然に育ったパティも、世が世ならユングヴィの姫君だという。
 けど。
 青空見上げなぜか苦悩しているセティは、やけに頼りなげな――というか、情けない風情を醸し出していた。
 それでつい、いつもならなんとなく恐れ多くて避けてしまうのに。
「セティさん、どうしたの?」
 足を止めて、声をかけた。
「えええ?」
 わたわたわた。
 緑髪の賢者は不自然なほどにうろたえ、慌てて薄汚れた杖をマントの中に隠そうとした。しかし、声の主をデイジーと確認するとあからさまにホッとしたようだった。
「ああ、デイジーか。買い物かい」
「うん。ね、ずいぶん慌ててたみたいだけど、どうかしたの?」
「いや、あの」
 セティは苦笑する。
「一瞬リーンかな、と思ったんだ」
「リーン?」
 新緑の髪をポニーテイルに結い上げた愛らしい踊り子。
 ……声、似てるかな? それより、なんでリーンで慌てるんだろう。ひょっとして……。
 深読みしにんまり顔で追求しようとすると、そうではなくて、とセティは慌てて遮った。
「リーンだと、アレスが一緒にいる可能性が高いだろう?」
「うん」
 アレスはリーンの恋人だ。だから余計、三角関係かも、とワクワクしたのだけど。
「アレスにこれを見られるのはまずいかな、と思ったんだ」
 セティは、先程隠しかけた杖を、デイジーに見せた。
 薄汚れた、と見えたのは、特有の輝きが失せ色合いがくすんでいたからだ。鈍い色になった、それでもどことなく神々しい、独特の形状のそれは。
「確か……バルキリーの杖っていったっけ?」
 セティは力無く頷く。
「もっとぴかぴかしてたよね」
「ああ」
「……もしかして、壊れたの?」
「実は、そうなんだ」
 セティは、泣き笑いとしかいいようのない表情で、また空を仰いだ。
 
 
 
「どうして、壊れちゃったの?」
 デイジーは不思議そうに色褪せた杖を覗き込んだ。
 セティは肩を竦め、説明を始める。
「この間のトラキア戦で、アレスがうっかり倒されちゃっただろう?」
 そういえばそんなこともあったかな。
 デイジーは記憶を辿る。
「この杖は父の形見で、エーギルを残したまま倒れた死者を蘇生させることが出来るものなんだ」
「エーギル?」
「人が持って生まれた生命力のようなものだよ。運命、といい変えてもいいかな」
「……よくわからないけど、それでアレスが生き還ってたのね? ちょっと不思議に思ってたんだー」
 何事もなかったようにぴんしゃんして歩き回っているアレスをデイジーは何度も見かけていた。その為、トラキア戦でアレスが倒れたという不幸な出来事を殆ど忘れていたのだ。
「しかし、杖はこの通りになってしまった」
 奇蹟はお手軽なものではない、ということを体現するかのように、バルキリーの杖は一度の使用で壊れた。
 解放軍の手には神器が複数存在している。当のアレスも魔剣ミストルティンを所持している。神器に限っては修繕費がべらぼうであり、金食い虫だとぼやいていたのを耳にしたことがあった。
 その、神器にかかる経費の凶悪さを身を持って知るアレスが恐縮する姿がなんだか怖ろしくて、セティは「壊れ」てしまったという事実をひた隠しにしていた。デイジーの声をリーンと聞き違え慌てて杖を隠したのはそのためだ。
 
「修理、出来ないの?」
 
 デイジーはもっともな疑問を発した。
 ペルルークはミレトス地方自由都市群の一つだ。商取引が盛んで手に入らない物はないと豪語され、また腕のいい職人も多い。
 聖杖と尊ばれるバルキリーの杖。それをも修理出来る腕のある鍛冶屋だっているはずだ、とデイジーは思ったのだ。
「その、」
 セティはいい淀み、それから小声でいった。
 
「修理代が、足りないんだ」
 
 
 
「え?」
 セティのか細い声が聞き取れなくて、デイジーはオウム返しに聞き返した。
 セティは俯いていたが、やがて腹を据えたように頭を上げた。
「杖の修理に三〇〇〇〇Gかかるといわれたんだ。しかし、私の持ち合わせでは残念ながら足りない」
 セティは自嘲するように肩を竦める。
「まあ……バルキリーの杖の出番がそう頻繁にあるのも困り者だし、修理代がたまるまで誰も死なないことを祈るよ」
 
「……お金が足りないなら、あたしかパティにいってくれれば都合するのに」
 
 デイジーは事も無げにいった。
「え゛?」
「だって、武器や呪文書って個人の私物だけど、解放軍の軍事行動によって損傷されるものでしょう」
「ぐ、軍事行動?」
「いや、よくわかんないんだけど。オイフェさんがそういってたの。
 でね、解放軍の台所事情はそう裕福じゃないから普段は各自が闘技場なんかで稼いだもので賄ってもらってるけど、お金なくて武器の手入れもままならないんじゃ戦況に悪影響を与えるし、そういう場合はあたし達が善処するようにって」
「そ、そういうシステムになってたの?」
「うん。知らなかったの? セティさん」
「い、いや……いつも、コストパフォーマンスがいい魔道書や杖しか使ってなくて……お金に困ったことなかったから」
 別に悪いことでもないのにいい訳がましく説明するセティがなんだかおかしくて、デイジーはくすくす笑った。
「今いくらあるの? あたし取りあえず二〇〇〇〇Gちょっと持ってるけど、合わせたら足りるかな」
「あ、あと五〇〇〇足りなかっただけだから、充分だけど」
「そう? じゃ、はい、あげる」
 デイジーは袋ごと、ぽんと渡した。
「助かるよ……すまない」
「やだなー、セティさんに恐縮されるのも恐いよ」
 軽口がこぼれる。
 デイジーは、初めて等身大のセティに接したような気がした。親近感を覚える。「マンスターの勇者」に気が引けていたのがウソのように。
「こ、恐い?」
「本気に取らないでよう。セティさんて、ホント、真面目なのね」
「そうかな」
「うん。セティさんこれから鍛冶屋行くの? あたし、一緒に行っていい?」
 セティが快く承諾すると、デイジーは「わぁい」といってセティの腕に自分の腕を絡めた。
「デ、デイジー」
 セティはたじろぐ。しかし、無理に振りほどこうとしたりはしない。
「と、ところで、デイジーの買い物は済んでるのか? 袋ごともらってしまったけど……」
 なんとなく照れたような、取って付けたような様子でセティはいった。
「あ」
 デイジーが素っ頓狂な声を上げる。
 このあとパティやラナと待ち合わせて食事する約束だったのを思い出したのだ。
――うーん、どうしよう。パティにたかっちゃうしかないかなあ。
 そう思いながら、不思議そうに見下ろす長身の賢者に説明する。
 セティは少し考えた後、
「それじゃ……私がおごろうか?」
 デイジーにそう提案した。
「ホント? うれしい!」
 デイジーはセティに思い切り抱きつく。
 それからセティの手を引いて、踊るような足取りで鍛冶屋へ向かった。
 
 

えんど。

20000323

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