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「ショッピング #2」


 ミレトス自由都市群東の入り口ペルルーク。
 進軍準備の合間の余暇に、解放軍の面々はよく街へ出かけた。休息と、息抜きのために。
 そして、解放軍旗揚の当時から軍に参加し兵士達を癒やした僧侶のラナも、久々の休日に仲の良い友人と商店街へ来ていた。
――買い物がてら、デザートが美味しいと評判の料理店で食事を取りに行かない?
 夕べそういったのはパティで、同意したのはその場に居合わせたデイジーとラナ。
 ラナは幼なじみの親友も誘おうと思ったが、何があったのかラクチェは部屋に戻るやベッドに倒れ込んで寝息を立て、朝目覚めたときには既に居なかった。
 
 昼食には少々早い時間だったので、ラナ達は商店街を見て歩くことにした。
 ベルルークは商業都市で、戦争中ではあるが物資は豊富だ。
 ふと。
 ラナは何種ものハーブ類が並ぶ店先で足を止めた。
 ルリジシャ、カミツレ、クコ、エビスグサ……ありふれたものや珍しいもの、初めて見るものもある。
 どんな効能があるものなのかしら。
 店主にそれを確認しようとしたとき、背中をつつかれた。
「え?」
 ラナは慌てて振り返る。
 苦笑したパティが居た。
「時間、かかりそう?」
「あ、ごめんなさい」
 けど――
「いくつか、役に立ちそうなものや使い方を把握していた方が良さそうなものがありそうなの。……でも、待たせるのも悪いし……」
「あ、じゃあさ、時間決めて待ち合わせよう」
 デイジーが提案した。
「あたしもいろいろじっくり見てみたいし。パティだって、あの辺の」――雑貨類を扱う露店を指し「小物とか、見るんでしょ?」
 じゃあ、広場の池の大きな樹のある側に、真昼を触れる鐘が鳴り終わるまで。
 待ち合わせの場所と時間を決め、じゃあ後でね、とひらひら両手を振って、パティとデイジーは雑踏に紛れた。
 
 
 
 店主と交渉の末大量のハーブ類を市価の五割で手に入れたラナが戦利品を抱え店を出たのは、それから一刻ほど経った後だった。
 別行動にしておいて、良かった。
 店に入る前よりもかなり高い位置にある太陽を見上げ、ラナは少しホッとする。
 まだ少し早いけど、疲れちゃったし、広場のベンチで二人を待ってようかな。
 そう考え少し進んだとき、よく見知った人物が鍛冶屋でなにやら揉めているのが目に入った。
 ……いや、揉めている、というのは語弊がありそうだ。商談の折り合いがつかず交渉中、といったところだろうか。
 剣の国イザークの王子、解放軍の中心人物の一人である剣士シャナンが、鍛冶屋の店主と話していた。シャナンの手には神剣バルムンクがあり、険のある空気が辺りを包んでいる。
「シャナンさま、どうかなさったんですか?」
 ラナは声をかけた。
 するとシャナンは慌てたように振り返り、そして気まずそうに咳払いをした。
「ラナか」
「はい。剣の修理ですか」
「ああ、うむ。その、だな」
「お客さん、どうなさるんで?」
 いい淀むシャナンの声に、鍛冶屋店主のだみ声がかぶった。
「?」
「いや、しかしだな、店主よ」
「まあ、こちらとしても解放軍の方々に街をお救いして頂きやしたからね、良心的に見積もったつもりなんですよ? それでも尚足りないとあっちゃねえ、こっちも慈善事業やってる訳じゃ……」
「ま、待て、店主」
 シャナンは慌てて店主を止めると、不思議そうに自分を見上げるラナを店の陰へ引っ張っていった。
「その、今のはだな」
「お金が足りないのですか?」
 ラナは、歯切れの悪い剣士の核心を突く。
 シャナンは言葉に詰まり、渋々頷いた。
「いくらくらい、足りないのですか?」
「うむ、それがな……」
 
 トラキアでの最後の戦いは苛烈を極め、解放軍側は神器を容赦なく投入し貴い犠牲を経て辛くも勝利を得た。ちなみに「容赦なく投入された神器」の中には、シャナンが持つ神剣バルムンクが当然含まれる。
 神器は特殊な材料――稀少鉱物など――が使われており、また扱いに相当の技術を要求するため、その手入れや修繕には相当の経費がかかる。それでも今までは、相当の危機的状況にでも陥らない限りは温存され、従って消耗が少なく、修繕費は個人の財布で充分に賄える程度であった。
 それが本格投入された後。刃こぼれなどの具合から、少しはかかるかも知れないな、との覚悟はあった。が、バルムンクを検分した後に店主が提示した学は、覚悟を遙かに越えるものだったのだ。
 
「……それは、足りなすぎですね」
 額を聞いて、ラナは少し引いた。いい回しがおかしいのはそのせいだ。
 しかし、
「それで、シャナンさまの所持金はいくらなのですか?」
「二万強あるが……」
 シャナンの答えを聞くと、ラナはにっこり笑っていった。
「それならなんとかなります。わたしに任せてください」
 
 
 
 鍛冶屋へ戻ったラナは、懐から装飾の施された腕輪を取り出し腕にはめた。
「お守りなんです。エーディン母さまから頂いたの」
 そう微笑んだ後鍛冶屋店主に向き直ったラナは、バルムンクを置いて交渉に入った。
 
「そりゃ、お嬢さん。これは刀身の部材一つ取っても最上級のやつなんですよ」
 店主がやれやれといった風情で見積もりの内訳を説明し、ラナがそれに対抗する。
「『最上級』はエエねんけど、値段までエエ値にせいでもヨロシがな」
 ラナの豹変ぶりにシャナンはぎょっとした。
 言葉付きや声までが、シャナンの聞き知る物と別物に変化していたのは、決して気のせいではない。
「ワタシにいわれんでも、『市場原理』ちゅーもんですがな」
 店主の言葉付きもつられて変化する。
「ソレをテキセツな価格で消費者に提供するっちゅーのも商人のナニやろ」
「しかしコレは稀少鉱物もつこてるから」
「ふむふむ。ソレはようワカッてるから、ナンボにしてくれはるん?」
「えぇ?」
「そんかし一回でカッと払うから。良心的で腕もエエて、ミンナにも宣伝しとくで?」
 
 
 
 やがて、遠巻きにしていたシャナンのもとに、ラナが駆け寄ってきた。
「シャナンさま、これだけベンキョウして下さいました」
 満面の笑みを浮かべたラナがいった金額は、先に提示されたもののきっかり半額だった。
「ラ、ラナ?」
「どうなさったんですか? 早く会計を済ませて、修繕に取りかかって頂いて下さい」
「あ、ああ……」
 余りに余りな「ベンキョウ」具合に眩暈を覚えながらシャナンは財布を開く。
 店主が涙目になっているような気がしたが、気のせいだと思うことにした。
 
 
 
「………ラナ、ちょっと聞きたいのだが」
 バルムンクの修理を終え鍛冶屋を出たシャナンは、ふいに立ち止りいった。
「はい、なんでしょうか?」
 ラナはくるっとシャナンに向き直る。
「その、だな」
「はい」
「あの、交渉術は、どこで覚えたのだ?」
「え? ……ああ」
 ラナは肩をすくめ苦笑し、そして外していた先程の腕輪を差し出した。
「これ……」
「ああ、エーディン殿から頂いたという」
「はい。これは買い物をするときのお守りで、これをつけて交渉するとオマケして貰えるんです。母さまもかつて、ずいぶん助けられたと仰っていました。戦争にはお金がかかる物だから、多少なりとも役に立つだろうって。そういってわたしに託して下さったんです」
 シャナンは、オマケのレベルを遙かに越えていたぞ、というツッコミを飲み込む。
「ですから、今日のようなことがまたありましたら、きっとお役に立てると思います」
 ラナは遠慮がちに申し出る。
 この可憐な少女のどこにアレが潜んでいたのかと、シャナンは訝しんだ。
 
「ところでシャナンさまはこれからのご予定は? お忙しいですか?」
「いや。城に戻るだけだが」
「わたし、パティやデイジーと待ち合わせてお昼を食べに行く予定なんです。デザートが美味しいと評判のお店があるって、兵士の方に教えて頂いたので。……シャナンさまも、ご一緒しませんか?」
 やけに疲労を感じ、甘い物の一つもつまみたいと思っていたシャナンは、ラナの言葉に頷く。
「どこで待ち合わせているのだ?」
「広場です。お昼の鐘が鳴り終わるまでに。まだちょっと早いのですけど」
「早ければ、待って居ればいい」
「はい」
 ラナふわりと微笑む。
 そして二人は、再び歩き出した。
 

えんど。

20000323

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