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「ショッピング #3」


 自由都市ペルルーク。
 解放軍の兵士達は、ここで小休止と束の間の平和を味わっていたが、それは盟主セリスといえども例外ではない。
 
――二人で街へ買い物に行こうか、ユリアが好きな物を買ってあげるよ。
 
 ユリアとそう約束を交わしたのはペルルークへ行軍中のこと。最近元気のないユリアを気遣ってのことだ。
 それ以降多忙で約束を果たす機会に恵まれなかったセリスだったが、やっと巡ってきた「休日」だ。今日行かないと、次はいつになる事やら。
 そんな訳で、セリスはユリアの元へ向かった。
 しかし。
 
 「ユリアは今日はなにか予定があるかい?」
 セリスがユリアにそう問いかけると、
「スカサハと一緒に闘技場へ行って来ます」
 ユリアはそういってはにかんだ。
「と、闘技場?」
「はい。ラクチェに、今日絶対七人抜きをするから、見に来てくれといわれたんです」
「ラクチェに?」
「けど、一人じゃちょっと危ないから、スカサハと一緒に来るように、って」
 ピン、ときた。
 ユリアとスカサハは仲がいい。
 けどその関係は、信頼できる友人止まりにしか見えない。
 そういえば、業を煮やした兄思いの少女剣士が、「この機会を逃したら兄貴に二度と春は来ない、だから」とかなんとかシツレーなことを主張していたような気がする。一昨日の夕べのことだ。
 ユリアが軍に入ったばかりの頃、セリスはいつも心細げな彼女が気になって仕方がなかった。しかし、立ち上げたばかりの組織の盟主はかなりに多忙で、彼女を気にかける余裕はない。それで、幼なじみで気性の優しいスカサハに、ユリアを気にかけてやってくれと頼んだ。
 結果的に、二人の仲を取り持つことになったことについては、苦笑するしかない。
 今でもユリアのことは気になるし、元気がないなら力づけてあげたい。けど、それは例えていうなら身内に対する愛情だ。
 だから正直に、二人が上手くいけばいいな、と思っているし、ラクチェがデートのお膳立てをしたのなら邪魔はしない。だいたい自分にはもう、ちゃんと恋人と呼べる人が居る。邪魔なんかしたら、彼女に拗ねられてしまう。
 
 けど……闘技場はないだろう、ラクチェ。
 
 活動的な幼なじみのご無体なセンスに嘆息しつつ、「じゃ、気をつけてね」とユリアを送り出す。
 駆け出すかのような軽い足取りのユリア、という珍しいものを見送ったセリスは――じゃあ自分も出かけようかな、剣の手入れもしておきたいし――自らも街へ、足を向けた。
 
 
 
 兵士達に、デザートが美味しいという評判のお店を教えてもらったパティが、久しぶりの休日はデートでしょ、とセリスを誘いにいったのは夕べのこと。
 しかし、長い青髪を後ろに結わえた端整な顔立ちの彼女の恋人は、「以前からユリアと約束していたから」とその誘いを断った。
 他の女との約束を優先させるなんて、と怒るところだろう、普通は。
 けど、ユリアが元気がないのをずっとセリスが気にかけていたのは知っていたし、それが恋愛感情からくるものではないことも知っている。そして、不思議に納得もしている。
 なぜだかユリアは、守らなくてはならない、そんなふうな感情を抱かせる。ユリアの儚げな様子のため、ではないと思う。もっと深くからわき上がる感情だ。それがなにかと問われれても答えられないが。
 だから、セリスがユリアを元気づけるために街へ連れ出そうというなら、仕方ないなと思う。
 そのかわり、この埋め合わせはしてもらうんだから。そういって笑って見せる自分は、ものわかりのいい良くできた恋人だろう。なんて。自画自賛はしてみるものの、どこか寂しい気持ちも拭いきれない。
 それで、というわけではないのだけれど。
 せっかくの休日を一人でぼーっと過ごすのは勿体ない。仲のいい女の子達で遊びに行こう、そう思った。
 
――買い物がてら、デザートが美味しいと評判の料理店で食事を取りに行かない?
 
 そういった時、居合わせて賛同したのはラナとデイジー。
 午前中買い物でもして、お昼を取って、それから……、そんなふうに予定を立てて、三人でペルルークの街に繰り出す。
 けど、ラナがハーブの店につかまって、パティは小物をじっくり見たくなって、デイジーは他の所も見たいと先に行って……待ち合わせ時間まで単独行動になってしまった。
 
 
 
 ペルルークの大通りは休日は露店で賑わう。
 その中の一つの雑貨売りの前で、パティは悩んでいた。
 最初に目に付いたのはアクセサリー。安っぽい、けどキラキラした装飾品。
 
――リーンやレイリアがつけたらとても映えるんだろうな。自分だと、安っぽさの方が際だちそうだけど。
 
 と。たわいのない玩具類に目がいった。
 木屑の角を削って色を塗っただけの積み木、目の荒い生地でできた、けどきちんと別布の洋服を着た人形。
 
 買ってあげたいな。
 
 そんなふうに、思った。
 コノートで待っている、子供達に。
 実をいうと、財布の中にはこれら全ての玩具を買い占めても余裕でお釣りがくるくらいのお金が入っている。
 
――けど、これはあたしのお金であって、あたしのお金じゃない。
 
 パティの個人の財布と軍用の財布の境界はかなり曖昧だ。パティが軍用資金を使い込むということではなく、軍用資金が乏しいときはパティが個人の財布で賄っているという意味で。
 だから、そこから孤児院に仕送りしてるのを公認してもらっていることに引け目を感じることはない。
 でも。
 
 腕組みして、うーん、と唸っていたとき。
「パティ、どうしたの?」
 背後から、声。振り返ると、剣を三本ほど小脇に抱えたセリスが立っていた。
「あれ、セリス様」 
 そのままきょろきょろと辺りを見回していると、セリスは苦笑した。
「わたし一人だよ」
「えぇ? だって、ユリアは?」
「うん。振られてしまったんだ。ユリアは、スカサハと一緒に出かけてしまったよ」
 やるなー、スカサハ。
 穏やかな黒髪の剣士を思い浮かべ、パティはくすくす笑う。
「それで一人で出かけてきたんですか?」
「うん。けどこうしてパティに会えたし、出てきて正解だったね」
「うーん。あたしはラナとデイジーと待ち合わせしてる途中なんだけど……二人がいいっていったら、交ぜてあげます」
 仕方ないなー、という口調で。少しくらい、意地悪したっていい。
「ありがとう」
 セリスは微笑み、
「ところで、随分熱心に見ていたみたいだけど、なにか欲しいものでもあるの?」
 
――あちゃー、見られてたか。
 
 パティは内心で舌を出した。
 見ていたのが子供用の玩具だと判れば、勘のいいセリスのこと、パティの気持ちを察してしまうだろう。
 
――セリス様はお優しいから、買って送ってあげようというだろうな。きっと。
 
 あまつさえ、セリスの財布から払おうといい出すかも知れない。
 ダメだ。そんなに、甘えられない。
 
 つい、と目を反らすと、ファバルとナンナがなにやらいい合いながら歩いてくるのが見えた。
 
 
 
 最初は、軽蔑していた。
 レンスターを不当に支配するフリージ家に、「金」で雇われた恥知らず。正義の在処を見極めようとせず、ただ報酬のために兵士達を傷つけた傭兵。
 けど。ナンナは思う。
 背負うもの、守るもののためになら、正義さえかなぐり捨てなければならない現実があったのだと。
 正義は、理想は大切だ。けど、現実の前には無力でもある。「正義」でご飯は買えない。「理想」で腹は膨らまない。
 それを痛いほど実感できるナンナは、ファバルの事情を知り人柄に触れ、認識を改めた。
 散々罵ったことを謝った。
 気にしてねぇよ。ファバルは笑って、俯くナンナの頭をくしゃくしゃと撫で。
 梳かしたばかりなのに、といって怒って、そして笑って仲直りをして。
 一時でも正義を捨て、守るべき者達を選んだファバルは、安易な道を選択したと責められるだろう。けど。わたしはもう責めない。
 そうして。友人以上に親しくなるまでは、そう時間はかからなかった。
 好きかと問われれば好きだと思う。でも恋しているかと問われたらきっと戸惑う。そんな気持ち。
 
 せっかくの休日に。
 稼いでこなくちゃならねぇんだよな、とぼやきながら誘いに来たファバルにくっついて、ナンナは闘技場に向かっていた。
 トラキア攻防戦で消耗したイチイバルの修理代は半端な額ではなく、それでなくても孤児院に仕送りしているファバルの財布は相当苦しい。
 バカね、パティに融通してもらえばいいじゃない。そういうナンナに、自分でなんとか出来る分は自分でなんとかする、といい張るファバルはなんだか可愛い。
 ペルルークの大通り。
 ちら、とファバルに目を向けると、同じタイミングでこっちを伺っていたファバルが「なんだよ」と不機嫌そうにいった。照れ隠しなのはわかっているけど。
 
「ホントに、バカよね」
 
 つい、憎まれ口を叩いてしまう。
 
「なんだと」
「イチイバルがそんなに消耗したのって、装備替えを面倒がってずーっとソレで戦ってたからっていうじゃない。貧乏人はね、こまめに武器を使い分けなくちゃダメなのよ」
「う」
「レスターさんもリーフ様もキラーボウや銀の弓で戦い抜いたっていうのに」
「だからってあの戦いに鋼の弓はないだろ」
「ウソばっかり。レスターさんが勇者の弓を持っていけっていってたのを知ってます。でも、大丈夫だって断ったんでしょう?」
「人が大事にしてる武器はそうそう借りれねぇよ」
「お人好し」
 
 字面だけ見ると険悪だが、声には笑が滲んでいたりする。
 うるせえな、とファバルが後ろから口を塞ごうとし、きゃー、と嬌声をあげてナンナがすり抜けようとしたとき。
 
「やっほー、お兄ちゃん」
 
 振り向くと、雑貨売りの前でひらひら手を振るパティと、セリス。
 
 
 
 パティが声をかけると、楽しくじゃれ合っていた(少なくともパティにはそう見えた)二人は慌てて離れた。わたわたわた。そんな擬音が背景に踊っているようだ。
「デート? 休日だもんねえ」
 そういう話が大好きな妹ににやにやと詰め寄られ、ファバルは真っ赤になる。
「違うわ。ファバルはイチイバルの修理代を稼ぎに行くの。わたしはそれにお付き合いしてるだけです」
 否定するナンナに、
「闘技場でデートって、流行ってるの?」
 ズレたことを尋ねるセリス。
「だからそうじゃなくって」
「お兄ちゃん!」
 ナンナの言葉は、パティの責めるような口調に遮られた。
「修理代を稼ぎに行くってどういうこと? 足りないならいつでも用立てるっていってるじゃない」
「いや、本当に足りなくなったら頼もうと思ってたんだって」
「大体ね、お兄ちゃん闘技場で稼ぐっていって、劣勢になるとムキになってイチイバル使うじゃない。そしたら賞金より修理代の方がかさむのよ?」
「使わねぇって」
「ウソばっかり。余計なことしないであたしに修理代もらってる方がかえって出費が小さいのよ」
 
――余計なこと、はいい過ぎじゃないかしら。
 
 ナンナはそう思ったが、口を挟むタイミングが掴めない。
 どうしましょうか。そう目線でセリスに尋ねると。
「ナンナが見張って、イチイバルは使わせないから大丈夫だよ」
 セリスがさらりといった。 
「「セリス様!?」」
 パティとナンナの声がハモる。
「ファバルが闘技場に出ている間、ナンナがイチイバルを預かっていればいいよ。そしたらファバルがムキになったって、イチイバルは使えないだろう?」
「そ、そんなこと」
 聖弓と呼ばれる神器イチイバルはユングヴィの至宝であり、またファバルにとっては母の形見に等しいものだ。それを。他人がおいそれと預かるなんて。
 戸惑うナンナを余所に、パティは感心したように頷いた。
「そうか。さっすがセリス様。お兄ちゃんがそうするなら、あたしもこれ以上なんにもいわない」
「パティ?」 
 パティは素早くファバルから聖弓を取り上げ、慌てて取り返そうとする兄の手をすり抜ける。
「ふっふっふ。返して欲しくば、出場中はナンナにこれを預けること。どう?」
「う」
 パティ、セリス、ナンナ三人三様の視線に、ファバルは諦めたように肩を落とし。
「わ、わかった」
 力無く頷く兄を満足げに見やるパティと、それをにこにこと見守るセリス。
 そして。
 パティにイチイバルを渡されたナンナは、煌めく聖弓のずしりとした重みを抱え、ファバルの背をぽんと叩いた。
(大丈夫よ、すぐ返すから)
 囁きは、ファバルの笑みで返される。
「いい、持っててくれ」
「でも」
「それより急ごうぜ。出場の受付はとっくに始まってる時間だ」
 じゃあな、そういってファバルはすたすた歩き出し、ナンナは慌てて後を追った。
 
 
 
 ファバルとナンナの姿が雑踏に消えるまで見送ったセリスは、さて、といって恋人に向き直った。
「イチイバルの修理代も浮いたことだし」 露天に並ぶ商品を見やり、「孤児院に送ってあげるものを、選ぼうか」
「ええっ」
 気付いてたんですか、と問うパティに、君のことなら何でもわかるよ、と衆目の中普通の神経ではなかなか出てこない台詞をぬけぬけという。
「だ、ダメ。進軍にはこれからだってどんどんお金がかかるし。無駄遣いは出来ないわ」
 ふるふると首を振るが。
「無駄遣いじゃないよ。君の大事なものは、わたしにも大切だから。だから、わたしからも仕送りさせて欲しいと思っていたんだ。
 それにね、」
 なおもいい募ろうとするパティの目を覗き込み、
「たまにはワガママいってくれないと、わたしは寂しいよ?」
 途端、真っ赤になったパティは露天に向き直り、
「沢山は買わないんだから」
 そういって、粗末な玩具に手を伸ばす。
 セリスはくすくす笑い。
 パティの隣で、パティが手に取った物より丁寧な作りの商品を手に取り眺めた。
 

えんど。

20000906

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