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「ショッピング #4」 (前)
自由都市ペルルーク。
大きな戦いを乗り越え、解放軍内の空気は明るい。そして明日は、久方ぶりに羽を伸ばせる休日だった。
が、ある少女の表情は険しかった。――いや、険しいというには語弊がある。不敵な笑みに彩られているのだから。
「ほーらレスター、遠慮は無用よ」
ペルルーク城内、中庭。
大剣を構える黒髪の少女に、レスターと呼ばれた青髪の青年は渋々ながら矢を取り出す。
先端の矢尻を外し、綿の入った布でくるんだ模擬戦用の矢。けど、放たれた勢いで当たれば、青痣が出来る程には痛い。
それを、自分に向かって射ろという。勇者の弓で。連続で。
ふううううう、とわざとらしいくらい深くため息を付き。
そして、つがえた。少女を狙って。
放たれた矢を、少女はほとんど避けた。避けきれなかった一本は、大剣でたたき落とした。
「あははー。やっぱレスターってノーコン」
あまつさえそんな憎まれ口を叩き、勝ち誇ったように笑っている。
「ばーか。いってろ」
手加減したんだよ、の言葉は飲み込んで。負け惜しみいってらーと一笑されるか、手加減無用っていったじゃないと怒るか、恐らく後者になるのは目に見えているから。
少女の元まで歩み寄ったレスターは、拳で彼女の額を軽く小突き、そして腰を屈めて矢を拾う。
「あ、手伝う手伝う」
少女も屈む。
その腕や脚に残る青痣にレスターは顔をしかめ。
「ラクチェ、もう今日は止めにしよう」
「ええっ。やっと調子が出てきたのよ?」
少女――ラクチェは頬を膨らませ、抗議を口にする。
――闘技場で七人抜きするってユリアに約束したのよ。だからちょっと訓練したいんだけど、レスター付き合ってよ。
そう頼まれたのはつい昨日のこと。
道すがら事情を聞き、彼女の奥手な兄と銀髪の佳人の仲を取り持つため、慣れない画策をしているのだとわかった。
なら、協力するにやぶさかではない。ラクチェの兄スカサハはレスターにとっても大切な幼なじみであり、親友だ。
ただ、自分は弓騎士で、剣はどちらかといえば不得手だ。その自分が、剣士のなにに付き合えるというのか。疑問符を飛び散らせながら中庭まで来てみれば、矢を自分に放ってよ全て避けてみせるから、ときた。
ラクチェの無茶は慣れっこだが、今回はさすがに度肝を抜かれる。
先を丸めた矢とはいえ全く危険がないとはいえないんだぞ。至極真っ当な意見を述べ止めようとする自分に対して、大丈夫大丈夫レスターってば心配性なんだから、と脳天気に返され。
そしていわれるままに付き合っている自分が居たりした。
最も。ラクチェの目的は「兄とユリアのデートのお膳立て」から「闘技場で七人抜き」に微妙にシフトしているような、気がする。
約束したといっても、実際に七人抜きをする必要はない。兄貴と一緒に見に来てね、の言葉にユリアがこくんと頷いた時点で、他にすべきことはせいぜい土壇場で欠場にならないように体調を整えるくらい。
それが、どうせ出るなら勝たなきゃね、と特訓を始めるあたり、やっぱり発想が普通じゃないよな、とレスターは思う。生まれたときからの付き合いの長さで、慣れっこの自分がちょっとトホホ。
ところで駆り出されたのがなぜ自分なのかというと、ラクチェの突拍子のない頼み事を頼まれ慣れていて、暇で、更に、
――わたしは確かに体力はないし魔法の耐性にも劣るわ。でも、全部避けちゃえばそんなの関係ないのよ。
つまり、レスターの「数撃ちゃ当たる矢」を全部避けられるようになったら、闘技場なんかカルイ、と考えたらしい。
コントロールは甘いけど連続攻撃ならレスターと勇者の弓のコンボに勝てるものはいないもの、というラクチェの言は褒めているのか貶しているのか判断尽きかねたが。
とりあえず、打ち身はラナに頼んでちゃんと直すんだぞ、とだけは約束させた。
「大剣じゃなくて、もっと軽い剣の方がいいかな。兄貴の雷の剣貸して欲しいなあ」
そんなことぼやきながら、ラクチェは炎の剣に持ち替えた。
「今度は叩き落とさないでぜーんぶ避けるからねー」
に、と笑ってみせるラクチェ。
目的は更に、「七人抜き」じゃなくて「俺の矢を全部避ける」に変わってないか? そんなことを思いながら、レスターは再度弓を構えた。
――解放軍の少女達は、皆、とても優しい。
ユリアは思う。
記憶を無くした自分に対する憐れみはあるのかも知れない。
けど。彼女たちは皆、善良で気高い人たちなのだろう。
その中でも――早くに知り合ったからだろうか、ラクチェとラナは、なにくれとなく気を使い、親切にしてくれた。
――闘技場で七人抜き見せてあげる。でもちょっと荒っぽいところだから、スカサハと一緒に来てね。いいでしょ、スカサハ。
休日を控えた一昨日、ラクチェは、そんなふうに自分を誘った。
居合わせていたスカサハに目を向けると、ユリアがいいなら俺はいいよ、と頷いてくれて。
休日の朝に待ち合わせて行こうと、そう約束して、今日がその日。
なんだか温かい気持ちになる。
ユリアはセリスが好きだった。一目で、強く惹かれた。けど――セリスに対する想いは、泣きたくなるような切なさを伴った。強く想っている。愛しんでいる。この感情は、わたしの内にあって、けど、わたしの意志の外にある。そんな、違和感が。不安が。あった。
それが。
セリス様に頼まれたから、そういって自分を気にかけてくれるスカサハとよく話すようになって。一緒にいることが多くなって。いつ頃からか、スカサハの側にいると安心する、温かい気持ちに満たされる、そんな自分に気付いた。
スカサハが優しい人だから? それとも――
黒髪の青年が立っているのが見える。
「スカサハ」
名を呼び、足を早め。
振り返ったスカサハは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「おはよう、ユリア」
じゃあ行こうか、そういって歩きだろうとするスカサハの手。それに。つい、ユリアは手を伸ばしていた。
「あ、あの、今日は休日で人出が多いみたいだし……」
滅多にない自分の衝動的な行動にうろたえ、いいわけめいたことを述べる。
スカサハは驚き、けど、照れたように笑った。
「ああ、はぐれてしまったら、大変だからな」
「はい」
消え入りそうな声で頷いて。
道行き、とりとめもないことを話した。
ユリアはスカサハからティルナノグ時代の話を聞くのが好きだ。
子供の頃、幼なじみ達と森へ出かけ、遭難しかけて大人達にしこたま怒られたこと。養母が留守をしたとき、張り切った女の子達の得体の知れない料理を食すことになりかなり閉口したこと……。
自分の失われた過去も、そこにあったらいいのに。そんなふうに思う。
そういえば。ふと、スカサハはいった。
「ユリアを待っている間、ファバルとナンナが出かけていくのに会ったよ。闘技場へ行くっていってたから、向こうで会えるかも知れないな」
闘技場で、ファバルとラクチェが戦うなんてことには。少し心配になって、口に出してみる。
「ファバルは飛び道具でラクチェは剣だから、二人がぶつかることはないよ。それにね、闘技場の参加者は結構多いから、知り合い同士があたったことはないんだ」
少しホッとする。
命のやり取りまではしない闘技場といえど、知り合い同士が戦うのは見たくないし、いくらラクチェでも聖弓イチイバル相手では無傷というわけには行かないだろう。
けど。
闘技場外でラクチェとファバルがぶつかっているなんてことまでは、二人の想像は遠く及ばなかった。
「おのれっ、飛び道具とは卑怯よ!」
「だから始めから飛び道具しか持ってねーっつーの」
闘技場出番待ちの者達がたむろす控えの間。
控え、といっても、ちょっとした訓練所の広さと設備は整っている。
そこで、はた迷惑に対峙する者達が居た。
方や、大剣を持つ黒髪の剣士、方や弓矢を構える金髪の射手。解放軍戦力の一端を担う、ラクチェとファバルである。
「んもう! ちょろちょろと小賢しい! 間合いが取れないじゃない」
「バーカ。弓兵がみすみす剣士の間合いに入るかよ」
――っていうより、剣の間合いでは弓による攻撃は出来ないんだけどな。
二人のやり取りを聞きながら、レスターは小声で突っ込みを入れる。
「止めなくて、よろしいんですか」
「まあ、楽しそうだしな」
呆れたようなナンナの呟きにはそう返して。
出場手続きを終えた後。ラクチェは「七人抜き七人抜き〜」と鼻歌混じりで素振りをし、残りの剣を預けられ付き人と化したレスターは壁際に座り込んでそれを眺めていた。
そこに現れたのがファバルとナンナで、二、三のやり取りから話がどう転がったのか「勝負!」となったらしい。
「『俺が出場しない部門なら七人抜きなんて軽いよな』って、ファバルがいっちゃって」
「なるほど。でもその前に『そんな貧乏ったらしい武器で勝ち抜けるわけない』とかいってたから、あいこだろう」
揃ってため息を付くナンナとレスター。
「だああああっ! もう、埒があかないわ。レスター!」
ラクチェが、壁の花二人の元へつかつかと歩いてくる。
「炎の剣貸して炎の剣!」
「はあ?」
「炎の剣なら間合いなんか関係ないわ。ほら、早く炎の剣」
「……駄目だ」
静かに、しかしきっぱりとレスターは拒絶する。
「ええっ。なんで」
「なんでじゃない。お前な、ここになにしに来たか判ってるか?」
「闘技場に出場しに」
「ファバルと戦うために来てるんじゃないよな」
「うん、それはそうだけど」
「本番前に怪我したりさせたりしたら、シャレじゃ済まなくなるんだぞ」
「う〜」
唸りながら、ラクチェは炎の剣へ伸ばしかけていた手を下ろす。レスターが怪我「させたり」の方を強調したのに満足したというのが大きいのだが。
しかし、それにカチンときた人間が約一名。
「おい、ちょっと待てよレスター」
と、レスターに突っかかってきた。
しかし。
「ファバル、お前もだ」
有無をいわさぬ声音で。
「お前も、イチイバルを取ろうとしていただろう。お前の目的はコイツより」 ラクチェの頭をわし、とかき混ぜ 「切実なんじゃないのか?」
「う。……ナ、ナンナ?」
「ファバル達が遊んでいた時、レスターさんとイチイバルの修理代を話題にしていたのは否定しないわ」
ナンナが平然と答える。目は笑っているが。
「それにそろそろ時間じゃないか?」
「え、うそ」
見やると、他の出場者達は荷物をまとめ始めている。
ラクチェとファバルは慌てて仕度を始め、レスターとナンナはお互い顔を見合わせ肩を竦めた。
ラクチェがエントリーしに行ったのは結構早い時間だったから、出場順位も早いはず。
そんな訳でスカサハとユリアは、ペルルーク大通り商店街の誘惑に負けず、開始前に闘技場に着いていた。
時勢が時勢。闘技場観戦は、人々にとっては大きな娯楽だ。
激しい人いきれの中、二人は観戦席へ向かう。
途中、人だかりがあった。
今日の出場者は、の、勝ち抜き者の予想は、の、七人抜きは出るか、の。そんなだみ声がひときわ大きく聞こえる。
不思議そうに首を傾げるユリアに、スカサハは説明した。
「賭け事だよ。闘技場の結果を予想して、お金を賭けるんだ。仕切ってる者によってルールが違うみたいだけど、大概は一戦毎に、どっちが勝つかを予想する。他に、七人抜きをする者は誰か、とか、いろいろあるみたいだけど……ユリア?」
スカサハの手を引いたまま、ユリアはその喧噪の中心へ割って入った。
そして、こういった。
「ラクチェの全勝に、10000G賭けたいんですけど、どうすればよろしいのですか?」
ラクチェは愛用の銀の大剣をぶんぶん振り回した。
なんとなく「父さん」な感じがする炎の剣と、母さんの形見の銀の大剣と。ためつすがめつし銀の大剣の方に手を伸ばしたのは、付き合いが長い分頼りになるのはこっちよね、そんなふうに思ったからだ。
別に父さんが頼りないっていってるんじゃないのよ。誰も聞いていないのに弁解したり。
ラクチェは母から、銀の大剣と勇者の剣を受け継いだ(バーハラの悲劇以来行方の知れない母の剣がなぜラクチェの手元にあるかというと、一人の風使いと一人の盗賊の暗躍があったらしい)。勇者の剣はデルムッドに貸し出し中だから、銀の大剣をメイン、炎の剣をサブと使い分けている。
わたしの魔力は兄貴程じゃないから、炎の剣はホントに予備なんだよね。行軍途中で一目惚れして以来、ホントにホントに気に入ってるんだけど。
そうひとりごちて。
「やぁっ!」
かけ声一閃、空を斬る。
うん、調子はばっちり。
そして。
思いも寄らぬ少女剣士の快勝に、場内は沸いた。
風魔道士から斧騎士まで危なげなく五連勝したしたラクチェは、ちょっと天狗になっている。
両の手を腰に当て、空を見上げて笑っていた。
「あははははは、このラクチェさんが斧如きに負けるもんですか、くらいいってるな、ありゃ」
不気味な声真似の後、とほほ、と息をつくのはレスター。
彼は、出場者席の挑戦者サイドに居た。
出場者以外の人間もいて、人口密度は結構高い。
闘技場の出場者というのはプロの闘士がやはり多くて、その彼らには付き人というべき存在がいることが多い。それが複数であることもザラだ。そして人口密度を無闇に上げているのはこの付き添う者達で、今はレスターも貢献している。
嫌な貢献、と再び溜め息。
ざっと見た感じだが、「付き人」は、年若い少年少女が多い。出場者の弟子、というところなのだろう。稀に子供もいるが、これは出場者の身内と思われる。
そんな中ただ一人、若いは若いのだが一人立ちしていておかしくない頃合いの、使い込まれた弓を肩に掛け、魔法剣を抱えた青年。そして彼が見守っているのは彼より若い(ように見える)少女。
……ヒモ、とか思われてたりしてなあ。
割と、情けない状態かも知れない。
レスター自身は、ここまで付き合うつもりはなかった。観客席で見てるからな、そういって、ラクチェとは別方向へ歩きかけたのだ。
ダメ、とレスターの腕を掴んで、ラクチェはいった。
「レスターは出場者席で、わたしの剣を預かってなくちゃ。剣交換するとき、不便じゃない」
不便もなにも、いつも闘技場のオヤジが武器を預かってくれるだろう。そう反論すると、
「わたしのかわいい剣達を知らない人に預けるなんて、心配で試合に集中できないじゃない」
そう主張する。そういやラクチェは、いつもスカサハやラナを連れて闘技場へ行ってたな、そんなことを思い出した。ラナがいつか「特等席でラクチェの勝ち抜く様を見てきたの。格好よかった」といっていたことがあるが、その時に聞き流した「特等席」という言葉の意味がこの時初めて判明したり。
まあ、いいか。なんてったって「特等席」だ。
ひとりごちて、前を向くと、ラクチェが戻ってくるのが見えた。
次の試合まで、若干の空き時間がある。
「剣がちょっと欠けたから、修理しに行こ」
大剣を示しながらラクチェがいった。
「それに、ちょっとかすったのも治しときたいし」
「そうだな」
炎の剣を手に、レスターは立ち上がる。
次の対戦相手はどんなヤツなんだ? えーと、暗黒司祭と魔法騎士の勝った方かな。そんなことを話しながら、二人は闘技場付きの司祭の元へ向かった。
つづく。
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