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「勇者の剣」


 一振りの、剣があった。
 アグスティ大通りに面した道具屋に、それは並べられていた。
 華美な装飾は一切ない。けど、美しい剣。細身で、しかし決して華奢ではない、しなやかさを感じさせる剣。
 なぜかとても惹かれるものがあって、僕――ヴェルトマー公子アゼルは、思わず足を止めた。
 僕は魔道士で、武器というものにはあまり馴染みがない。
 貴族の子弟のたしなみとして、剣を一通り習ったことはあるけど、天賦の才というものが芳しくなかったのでいまだにからきし苦手だ。
 その僕が、惹かれた。
 武器を見る目など全くない僕が、これは凄くいい剣だと、思った。

 そんな風に店頭に並べられた剣に魅入っていたら。
「旦那、それをお気に入りで?」
 いつの間にか現れた店主が、揉み手で近づいてきた。
 だ、旦那? 思わず振り返る。誰もいない。すると「旦那」とは僕のことか。
 童顔で、ときに坊や呼ばわりまでされる僕を「旦那」とは。店主、見る目があるな。なんだか嬉しくて、にへらっ、と顔が笑ってしまう。
「えーと、旦那?」
 店主が怪訝そうに、なぜだかひきつった顔で再び言葉を発する。
「ああ、ごめん」 僕は慌てて答える。「いい剣だね」
 途端、店主は破顔した。
「先日入荷したばかりの逸品ですよ。勇者、と銘が付いておりましてね。一振りで二打を与える、という逸品ですよ」

 「勇者」と銘の入った武具は、いくつか存在する。現に、親友のレックスも勇者の斧を持っているし、レンスターの騎士見習いのフィンも、勇者の槍を主君であるキュアン王子から賜ったといっていた。
 「一振りで二打」というのは、結果的には合っているけど微妙に違う。正しくは、「一振りの時間で二振り」といったところだろうか。どういう加護でか、「勇者」と銘の入ったそれらは連続で二度振るわれるのだ。本人の資質に関係なく。
 ちなみに、勇者の魔道書、というものは存在しないらしい。残念なことだと思う。

 閑話休題。
 するとこれは、店主を信用するならば「勇者の剣」ということか。
 僕には手に負えない。昇位すれば話は別だけど、でも僕が持つには勿体ない代物だ。

――けど、彼女なら。

 黒髪のイザーク王女が思い浮かんだ。
 僕が一方的に思いを寄せているアイラは、素人の僕が見ても明らかに判る剣の達人だ。細い腕にはやや不似合いな無骨な大剣を、軽々と振るう女剣士。
 店頭に目を戻す。
 勇者の剣は、彼女にこそ相応しい。
 これを手にしたアイラは、きっと女神のように綺麗だろう。ついでに、無謀さにブレーキがかかって生傷が減ってくれればいうことなしだ。

 これを、彼女に贈り物しよう。そんな風に思った僕は、店主に価格を尋ねた。
「八〇〇〇Gですよ」
 思ったより、安価だ。よし、買おう。そう決意して、僕は財布を開いた。
「あれ?」
 財布の中身は、微妙に足りなかった。
 グランベルの大貴族の子弟とはいえ、家出同然で出てきた身。「家」の援助は当てにする方が大間違いで、個人的な用立ての為の予算は己の手で稼ぐのが鉄則だ。
 仕方ない、闘技場へ行って来よう。
 曖昧に笑って、手持ちが足りないんだ、そういうと、店主はあからさまに落胆して見せた。
「残念ですな」
「出直してくるよ」
 期待しないで待ってますよ。そう、軽口で店主は見送ってくれた。



 夕刻。
 闘技場で予想外に結構勝ち進み、かなり時間をくって店に戻った僕に店主は申し訳なさそうにいった。
「旦那が出てすぐに、別の方が来店しましてねえ」
 勇者の剣を、買っていってしまったのだという。
 僕は、迂闊にも取り置きを頼まなかったことを後悔した。
 店主は、僕が本当に出直してくるか半信半疑だったのだろう。だから、責められるものではない。せめて内金を入れて予約しておけば、店主も別の者に売ったりはしなかったろうに。
 すいませんねえ、そういって頭を下げる店主に。縁がなかったんだよね、そういって、僕は力なく笑った。



 それにしても、惜しいことをしてしまった。
 勇者の剣。市場には滅多に出回らない稀少品。その割に安価なのは、「市場には」出回ってないけど騎士団御用達の武器としてはありふれているからだろう。
 実用的で優美な「勇者シリーズ」の武器達。

 そういえばいつか兄に、ヴェルトマー麾下の騎士達の剣に勇者の剣のような特殊武器を採用することをどう思うか、と聞かれたことがあった。
 領地経営の授業の一環としてだ。
 ヴェルトマーの騎士は過半数が魔法騎士で剣はあくまで補助武器。だから、剣は程々のものにして魔道書やその修練に予算を割いた方がいいと僕は答えた。
 それに対する兄の言葉は、「悪くはないが、もう少し考えてみなさい」
 
 夕食後、書庫で少し本を漁った。
 借りていた本を戻し、次の巻を手に取る。
 「諸国見聞記」と題された、一人の男の旅の記録。時代が古いものとはいえ、明らかに間違った記述もある。「ファラの末裔といわれるヴェルトマーの民は全てが炎の魔術に長け、飲み物など手の平に起こした小さな火で保温するのでいつまでも冷めることはない」とか。怪しい辺りは聞き書きか作り話なのだろう。なかなか面白い。

 本を手に、自分の部屋へ戻る。
 途中、レックスの部屋の前を通る。ふと、たまには覗いていこうかな、そんな風に思い、足を止めた。
 扉を叩く。返事はない。まだ戻ってないのかな。
「レックス、居ないの?」
 いいながら扉を軽く開けた。真っ暗な部屋に廊下の光が射す。

 その中に。
 壁に立てかけられた、一振りの剣があった。
 薄明かりしかないとはいえ、見間違いじゃない。勇者の剣。

 なぜ、レックスの部屋に?
「どうしたんだ、アゼル?」
「わあ!」
 突然の声に、僕は思わず声をあげ振り返った。
 部屋の主が、不思議そうな面持ちで僕を見下ろしている。
「レ、レックス。おどかさないでよ」
「別におどかしたわけじゃないんだが……。どうした、なんか用か?」
「いや、用って訳じゃないんだ」
「そうか? まあいいや。中、入れよ。いい果実酒があるんだ。一杯やろうぜ」
 まーた厨房からくすねてきたな。
「いい。今日は遠慮しとく」
 外出して疲れたところにお酒が入ったら、昼まで熟睡コースまっしぐらだ。はっきりいって、僕はお酒には弱い。
「なんだ、つまらんやつだな」
 肩をすくめるレックスに。なんとなく寄ってみただけなんだ、おやすみ。そういって、僕は自分の部屋に戻った。



 ベッドの上に腰掛けて、僕は借りてきた本を開いた。
「――緑の髪の婦人が手を揚げ風を呼んだ。銀の髪の青年が、傍らに立ち印を結ぶ。やがて集まってきた雲で、あたりは真っ暗になった――」
 そんな馬鹿な。それとも昔は、魔法で天候を操る術があったのだろうか。

――あの剣は。

 思考が、レックスの部屋にあった、勇者の剣に向かう。
 道具屋の主がいっていた「別の方」ってのは、レックスだったんだな。それにしても、斧使いのドズルの公子が、なんで勇者の剣を買ってるんだろう。
 あ。
 唐突に理由に思い当たった。
 レックスは最近よく、ノディオンのラケシス王女を構っている。
 エルトシャン王がシャガール王の元にあり、心配だろうに不安そうな様子などおくびにも出さない。張り詰めた糸のように、気丈な少女。
 意地の張り方がなんとなく似てるから、放って置けないんだろうな。
 あの誇り高い王女様はなんだか危なっかしくてな、そんな風に肩を竦めたけど。それがただの照れ隠しだってのはまるわかりだし。付き合いは伊達に長くない。
 すると、レックスは僕と同じことを考えたのかな。
 つまり、あの剣を、ラケシス王女に贈ろうと。
 まあ、そういうことなら仕方ないか――でも、あの剣は、アイラの方が似合う。
 本を閉じ、机の上に置いて。僕は、ベッドに転がった。
 ラケシス王女に贈るなら、剣もいいけど、杖や、これから習得するつもりだっていってた魔道書の方がいいんじゃないかな。だから、もしよかったら、その剣は僕に譲ってくれないか――なんて。レックスが呆れ顔になるのが容易に想像できて、僕はそのまま目を閉じた。



 朝。
 遠く聞こえる喧騒は、訓練場からの剣戟だ。
 僕が寝坊なわけではなく、彼ら、騎士や剣士達の方が、早過ぎるのだと主張したい。
 毛布から這い出しまだ覚めかけの頭で、そんなことをひとりごちる。
 朝食まで二時間程。仕度して訓練に出て汗を流して、には充分だ。
 レックスに声をかけて、訓練場へ行こう。その途中で、あの剣を譲ってもらえるか話してみようか。

 仕度を終え部屋を出る。
 レックスの部屋の前に立ち、扉を叩いた。返事はない。
 まだ、寝てるんだろうか。どうしようかな。
 扉の前でうーむと悩んでいる僕に。
「アゼル公子」
 凛とした、声がかかった。
 金の髪に青の瞳の豪奢な少女。ラケシス王女だ。
 おはようございます、と礼儀正しい挨拶のあと、ラケシス王女は僕の隣に並んだ。
「ちょっと、どいてください」
「え、あ、はい」
 間抜けな言葉を返し、僕は慌てて扉の前から退く。
 ラケシス王女は――王女にあるまじきことに、扉を叩くことも声をかけることもせず、躊躇うことなく扉を開けた。
 って、ええ?
「ラケシス王女?」
 僕に構わず、彼女は中を覗き込む。
「やっぱり……」
 低く、つぶやいた。親指の爪を噛み、そのままなにか考え込んでいる。
 えーと、僕はどうしたらいいのかな。なんとなく立ち去れない雰囲気で。僕はただ、肩を竦めるしかない。
 と。不意に彼女は顔を上げた。
「アゼル公子」
「は、はい」
「訓練場へ行きましょう」
「どうして」
「いいから、ついて来るのよ」
 逆らいがたい迫力に、僕はただ、頷いた。



「夕べわたくし、聞いてしまったの」
 訓練場へ向かう道すがら、ラケシス王女はいった。
「夕食の後、レックスがアイラ王女を呼び止めて」
「アイラを?」
「ええ。話したいことがあるから、明朝訓練場へ来てくれってこそっと耳打ちしてたわ」
「立ち聞きしたの?」
「勝手に聞こえたのよ」
「ふうん。レックスがアイラにね。なんの用だろ」
「なんの用、ですって?」
 ラケシス王女は立ち止まる。同じく立ち止まった僕に、ずい、と迫った。
「自分の恋人が他の男に呼び出されたってのに、アゼル公子は不快に思わないの? 『なんの用だろ』ですって? なんて呑気な!」
「ここここ恋人って、僕とアイラは恋人同士じゃないよ」
 まだ、と付けたいけど。
「あら。そうなの? じゃ、いいかえるわ。
 自分が好意を寄せる相手が、他の男に呼び出されて、あなたは心配にならないの?」
「いや、だって、他の男っていったってレックスじゃないか」

 レックスは僕の気持ちを知っている。
 昔からそうなのだけど、あっちの勘がいいのか僕が判り易いのか、僕はレックスに隠し事を出来たためしがない。
 僕のアイラに対する気持ちに気付いたときも、面白い女に惚れたよな、そういって呆れたように笑っていた。
 だから「そういう」心配は端から思いつかなかったのだ。

「まあ、信用してらっしゃるのね!」
 ラケシス王女はなんだか怒っている。
「話にならないわ」
 再び、早足で歩き出した。慌てて僕も追いかける。
「ラケシス王女は、どうして怒ってるの?」
「別に怒ってなどいないわ。そうね、あなたの不甲斐なさには呆れたわね」
 ほっといてくれ。
「そうじゃなくて、レックスがアイラを呼び出して、どうしてラケシス王女がそうムキになるんだい?」
「わからないわ」
 再び足を止め、ラケシス王女はいった。
「わからないけど、なにか不快なの。――そうね。わたくしを色々構ってくるくせに、他の女にも声をかける節操のなさが気にくわないのだわ」

 それは、ヤキモチというものでは。
 簡単なことだ。「不甲斐ない」僕でも簡単に推察できる。
 やったなレックス、彼女は脈ありだ。
 けど、そんなこと口に出したら、この気位の高い王女さまはどれだけ怒るかわかったものじゃないから、取りあえず黙る。

 そんな僕に構わず、彼女は続けた。
「もう。わたくしのことはいいのよ。早く訓練場へ行きましょう。それから」
 くる、と振り返り。
「わたくしのことはラケシスでいいわ」
 僕もアゼルでいいよ、そう答えると。ラケシスは今日初めての笑みで頷いた。



 訓練場の中庭に、目当ての人間を見つけた。
 どうする、とラケシスを見やると、そっと近づきましょう、と小声の答えが返ってきた。
 いったい僕たちはなにをやっているんだろうな。そんな疑問が浮かばないでもないけど。とにかくラケシスに倣って、障害物――植木とか、ベンチとか、に身を隠しながら、静かに二人へ近づいて行った。
 訓練場の他の者たちが、僕らの不審な行動を気にするでなく訓練を続けてくれているのがまあ幸い。
 二人に程近い低木の茂みの影にしゃがみ込んだとき、レックスの声が聞こえた。

「勇者の剣とよばれる名剣だ。名前くらいはきいたことがあるだろう」
「ほう。確かにこれは、いい剣だな」
 アイラの声は、わずかに喜色がある。
「だろう?」
「これをわたしにくれるのか。おまえはいいやつだな」

 す、と血が引いていくような気がした。
 アイラに。レックスの部屋にあった勇者の剣は、ラケシスじゃなく、アイラに贈るためのものだったのか。――どうして。だって、レックスは僕の親友で。
 はっきりいって僕は動揺していた。
 と。

「レックス! あなた、どういうつもりなの!?」

 ラケシスが、僕の腕を掴んで立ちあがり、レックスに向かって思い切り怒鳴っていた。



 突然現れた僕たちに心底驚いたようなレックスとアイラ。
 怒り心頭のていのラケシス。
 まだ動揺から立ち直りきれない僕。

 そんな、どこか気まずい沈黙を破ったのは、アイラだった。

「びっくりしたな。驚かさないでくれ。
 アゼル、レックスにこれを貰ったんだ、いい剣だろう?」

 心底嬉しそうに。

「知ってるよ。僕も昨日、街で見かけたからね」
 ふう、と息をつき、
「持ち合わせがなくって闘技場へ行ってる間に売れてしまってがっかりしていたんだけど、レックスが買ってたんだね」
 そういってレックスにきつい目を向けると、レックスはたじろいでなにかいいかける。
 その言葉が発せられる前に、ラケシスが続けた。
「レックスがアイラに贈り物する仲だったなんて、知りませんでしたわ」
 貴婦人にあるまじき、ドスのきいた声。
「ちょっとまて。なにか誤解していないか」
 レックスは慌てたようにいった。
「なにを誤解するというの? イザークの剣士アイラが『いい剣だ』と感心する逸品を、あなたは彼女に贈ったのでしょう?」
「いや、それはその通りだがそうじゃなくて」

「これでアゼルを守ってやってくれと頼まれたんだ」

 ………………はい?
 思いもよらないアイラの言葉に、僕は固まった。

「アゼルはいい親友を持ったな。
 レックスはアゼルを気にかけて今まで来たけど、これからはラケシスを守りたいからアゼルにまでは手が及ばないそうだ。だから、その分をわたしに頼むといってこれをくれたんだ」
「……まあ。レックス」
 頬を染め、嬉しそうなラケシス。「ラケシスを守りたいから」が琴線に触れたんだろう。
 けど、レックスにはそんなラケシスに応える余裕はなかった。
 僕が睨んでいるから。
「レックス」
 めいいっぱいの低い低い声で。
「ありがとう、親友の、心遣い、とても、痛み入るよ」
「ア、アゼル、あのな」
「でもね」
「そのだな」
 すう、と息を吸い。

「そういうのは余計なお世話っていうんだよ!!」

「ああ、そうだな。わたしもそう思うぞ、レックス」
 呑気な調子を崩さず、アイラがいった。
 にい、と笑い。

「わたしは、お前にいわれるまでもなく、アゼルを守るつもりなのだから」

「アイラ?」
 あんまりなアイラの言葉。
 怒りが萎え、僕はへなへなとしゃがみ込む。
 そりゃ、僕は頼りないし、はっきりいってアイラより弱いし、背も低いし、童顔だし。
 いじいじと地面にのの字を書く。
 すると、アイラが僕にかがみ、こういった。

「もちろん、アゼルもわたしを守るんだぞ?」

 思わず僕は顔を上げる。
 まともに目の合ったアイラは、少し照れたように微笑んでいた。



「わたくしを守るというのなら、もっと強くならなくてはだめよ。お兄さまのようにね」
 と、ラケシスがレックスを引っ張って行き。
 僕とアイラは中庭に二人残された。

 勇者の剣の使い心地を試したいし、もう少し剣を振っていこう、とアイラ。
 僕も朝練を、といきたいとこなのだけど、部屋に魔道書を置いてきてしまったので、取りに戻らなくてはならない。

「じゃあ剣を教えてやろう。いずれ魔法騎士となったら、使うことになるのだろう? わたしの大剣は騎士向きじゃないから貸せないが、練習用のなまくらならいくらでも転がっているしな」
 アイラはそういって、剣を振る者達の方へ行きかける。
「アイラ」
 思わず僕は呼び止めた。なんだ? といって、アイラが振り返る。
「ほんとは僕が、その剣をアイラに贈りたかったんだ」
「うん?」
「とても綺麗な剣だろう? 君が手にしたら、すごく、似合うと思ったんだ」
「ふうん」
 アイラは、す、と剣を揚げ。
「似合うか?」
 不敵に構えた。
 その様は、戦場を駆る戦乙女のよう。
 僕はただ頷き。
 アイラは、剣を下ろし、嬉しそうに、笑った。
 

えんど。

20010606

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