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「歌う首の少女」



<プロローグ>

 雑踏に紛れメロディが聴こえる。
 内訳は弦楽器にソプラノ声。弾き手兼歌い手、あるいは弾き手と歌い手のコンビだろう。懐かしい旋律。
「下手ではないわね」
 腕の中のイナフロアが高飛車にいった。
 俺に抱えられた、生首の少女。
「美少女よ、バカ」
 訂正、生首の美少女。
 オレンジ色のセミロングヘアに透き通るような白い肌。絶妙に配された若葉色の瞳にピンクの唇。しかし、その首から下は存在しない。
 広場に足を踏み入れると、まばらな人だかりの向こうに二人の女の姿が見える。一人がリュートを奏で、もう一人が歌っていた。
 気にも留めず通り過ぎる者、足を止め聞き惚れる者。
 始めたばかりなのか、稼ぎは夕食代程度しかないようだ。
 音が途切れるのを待って、俺達は二人に近づいた。
 顔を上げこっちを向いたリュート奏者に、立てた利き手の親指を二度振ってみせる。奏者は俺の背負った長物とイナフロアを一瞥し、にっと笑って同様の仕草をした。商談成立。流浪の楽人達に通じる合図で、一緒に演奏しましょう売り上げは折半で、だ。
 手早く組み立てた台にイナフロアを置き、背負った長物――金物の横笛を取り出す。
「――故郷の歌」
 歌い手の少女が一言いって、目を閉じた。
 リュートが導入を奏で、それに俺の笛が重なる。やがて歌い手と、そしてイナフロアの声が。
 奏者が軽く眉を上げ、そして満足そうに頷いた。俺達の音は合格らしい。まあ、当然だ。



<1-1>

 小一時間ほどの演奏は、今日の宿代にややおまけが付くくらいの儲けになった。
 生首イナフロアの物珍しさ効果もあるだろうが、リュートと歌もなかなかの物だったし正当な報酬だ。
 綺麗に山分けし、お互い懐にしまう。
「明日も、ここで?」
 よかったらまた一緒に演奏できると、助かるんだけど。そのつもりで尋ねると、
「ええ。あと二、三日はここで稼ぐつもり。あなた達もしばらく居るんでしょう。わたしはレベイユ、こっちは」
 歌い手を指し、
「ルシーディア。ルシーと呼んでやって」
 ルシーは無表情に軽く頭を下げる。
「ああ。俺はテール。この生首娘はイナフロア」
「ふうん。少しの間だけど、よろしくね」
「こっちこそ」
 そんな風に俺とレベイユが親交を深めていると、イナフロアがつまらなそうに欠伸をしているのが見えた。俺の視線に気付いたイナフロアは、
「ねえもう疲れたよ。早く宿探してよ」
 そういって膨れる。
 レベイユはくすくす笑いだした。
「すごい。剥き出しで持ち歩いているのにも驚いてたけど。こんなに人に懐いてる<抜け首>って初めてみるわ」
「ははは」
 俺は曖昧に笑って見せた。イナフロアにちらりと目を向けると、かなり面白くない様子だけど口は噤んでいる。賢明なことだ。

 抜け首。遙か東方に住まう怪物。人間と変わらない姿だが、その首は自由に体から離れ宙を舞う。人に紛れ普通に生活する知性を持ちながら、体を離れた首の性質は至って凶暴。人の生き血を好む。
 そんな風に、この辺りには伝わっている。時たま籠に入れられた<抜け首>が見せ物になっていることがあって、それを紹介するときの口上が大体こんな感じだったと思う。
 実際はもっと凶悪だ。好むのは生き血ではなく脳味噌、体から首が離れるのではなく元から頭部しか存在せず、犠牲者の頭を落としその体を乗っ取って人里に紛れる、が正解。
 だからこうやって剥き出しに首を持ち歩くことは、<抜け首>の正しい知識がある者から見れば正気の沙汰ではない。
 イナフロアが<抜け首>なら。

 プライドの高いイナフロアがレベイユの言葉にいつまで我慢できるか。それを考えると、少し薄ら寒い。
 この街には知人が居て、そこに世話になってるんだけど、一緒に来ない? そんなレベイユの提案は丁重に断って、荷物をまとめイナフロアを抱えた。
「残念。じゃあ明日、またこの場所で、ね」
 同じくまとめた荷物を背負ったレベイユ達と友好的に手を振り合い、そうして背を向けようとしたとき。

「あの、少し宜しいでしょうか?」

 どこぞの使用人然とした壮年の男が、俺達の後ろに揉み手して立っていた。



<2-1>

「うっわー…………」
 レベイユはある意味感嘆とした声をあげた。が、その後具体的な言及が続かなかったのは、まあむべなるかな。
 一代で地位を築き上げたという豪商チェラート。
 彼の屋敷は、というか屋敷の内装は、というか装飾は。悪趣味、の一言につきる代物だった。
 脈絡なく並ぶ美術品や剥製。共通点は高価そう、珍奇である、といったところか。財力を誇示するにしても、せめて調和というものをとってくれないと、感性の乏しさばかりが際だってしまうだろうに。
「ふん。イイ趣味してるじゃない」
 明らかにバカにしているイナフロアの口を慌てて塞ぐ。
 しかしそれを額面通りに受け取ったのか、チェラートは満面の笑みで頷いた。バカか。
 今日のほんのわずかな時間で、俺達はずいぶん評判になったらしい。その評判の演奏を目の前で見せてくれないか。そんな依頼を、チェラートの使用人である男から受けた。
 で、こうして豪商の館に来ているのだが。
 この悪趣味加減に確信した。チェラートの聞いた評判というのは、演奏の善し悪しじゃない。歌う<抜け首>、だ。
 まあいい。それなりの謝礼は期待できそうだし、適当に片づけてとっとと帰るとしよう。



<2-2>

 レベイユがリュートを奏で、俺が笛を吹く。ルシーとイナフロアが歌う。たわいない流行歌を立てるづけに五曲。
 曲が終わると、チェラートは惜しみない拍手を俺達に贈った。
「素晴らしい。流しの楽人の演奏も捨てたものではないですな」
 ……誉めているのか、貶しているのか。
 まあいい。
 レベイユが営業スマイルでチェラートの相手をしてくれたので、俺はイナフロアのご機嫌を伺うことにした。
「なんだか気分が悪くなっちゃったわ。早く宿へ行きたい」
 仏頂面のイナフロアは、そういって俺を睨んで来る。
 耳聡くチェラートが反応し、
「おお、それはいけない。今から宿を探すのも大変でしょう。今日は皆さまわしの館に泊まっていって下され」
 そんなふうに提案された。
 しかし、なんだか気が進まない。宿代が浮くからラッキー、という気持ちもないでもないけど。どうも嫌な感じがするのだ。
 どう断ろうかと逡巡していると、レベイユが先に口を開いた。
「それには及びません。わたしたちは知人の世話になっているので、戻らないとへんに心配されます。……予定よりずいぶん遅くなりましたし、そろそろお暇しようと思うのですが」
 レベイユは、もう楽器を仕舞い始めている。
 チェラートは残念ですな、とかいいながら使用人になにかいいつけていたが、ふいに俺に振り返った。
「知人に、と申されましたが、そちらのお嬢さんは「宿へ」と仰っていましたな。知人宅が宿なのですか?」
「いや……」
「あたし達はレベイユの連れじゃないわ。たまたま一緒にいただけよ。だからレベイユの知人はあたし達には知らないヒト」
 イナフロアが考えなしにいってくれた。
 レベイユと一緒にお暇すればなんの角も立たないなと思っていたところだったのに。
 途端、チェラートは喜色満面だ。
「ほほう。ならばテール殿達だけでも、ぜひ我が屋敷へ泊まってらっしゃい。旅の話など聞かせて下され」
「い、いえ、そういう訳には」
「なにか不都合でもおありなのですか?」
「そういう訳では……」

 さて、どうしよう。

 → チェラートの屋敷に泊まる
 → 宿へ帰る



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